約 1,076,755 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/906.html
学院長室。四人のメイジと一人の使い魔は、オールド・オスマンに事の次第を 報告していた。全てを聞き終えたオスマンは、ステレオタイプな仙人ヒゲを いじりながら口を開く。 「ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな・・・全く騙されたわい」 一体どこで採用されたのですか、という隣に立つ教師の問いで彼が秘書を 適当に採用していたことが分かり、オスマンは全身に彼女達の非難の視線を 浴びるハメになった。 「ま、まぁ問題はそこではない 重要なのは今君達が成し遂げたことじゃ」 老齢の学院長は無理やりに話を戻し、コホンと一つ咳払いをして続ける。 「よくぞ土くれのフーケを捕まえ、我が学院の至宝を取り戻した!」 誇っていいのかよく分からない顔で二人、いつも通りの無表情で一人、そして これ以上なく誇らしげな顔で一人がオールド・オスマンに一礼した。 「フーケは城の衛士に引渡し、『破壊の杖』は無事この宝物庫に収まった これで一件落着と言うわけじゃ・・・そこで!」 オスマンは生徒一人一人の頭を撫でながら続ける。 「君達の『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた また追って沙汰が あるじゃろう ミス・タバサは既に『シュヴァリエ』の爵位を持っているからの 彼女には精霊勲章の授与を申請しておいた」 「本当ですか!?」 四人の生徒達は一様に喜んでいる。 「勿論じゃよ 君達はそのぐらいのことをしたのじゃから」 しかしルイズは、ハッと気付いてギアッチョを見た。 「・・・あの 彼には・・・ギアッチョには何もないんですか?」 松葉杖をついたルイズの質問に、 「残念ながら・・・彼は貴族ではない」 オスマンは申し訳なさそうな顔で答える。 「そんな・・・オールド・オスマン 彼は一番の手柄を立てましたわ!」 「彼女の言う通りです ギアッチョがいなければ今頃僕らはどうなっていたことか!」 「・・・大戦果」 キュルケ達が一斉にフォローに入るが、 「すまんの・・・そうしたいのはやまやまなのだが、ここはトリステインなのじゃ 平民が貴族になることは――出来ない」 聞き分けてくれ、とオールド・オスマンは言う。ギアッチョはそんな彼女達の 抗弁を意外そうに見ていたが、やがて口を開いた。 「別に褒美が欲しくてやったわけじゃあねー その辺にしとけ」 本人のその言葉にルイズ達は不本意ながらも口を閉ざし、それを機会に 偉大な老師は話題を変える。 「さて、今宵は『フリッグの舞踏会』じゃ 『破壊の杖』も無事戻ってきたので 予定通り執り行うぞ」 四人は釈然としない気持ちだったが、本人がいいと言っているならしょうが ない。キュルケ達は無理やり気持ちを切り替えることにした。 「そう言えばそうでしたわね・・・フーケの騒ぎで忘れておりましたわ」 「今日の主役は君達じゃ 用意をしてきたまえ しっかり着飾るのじゃぞ」 いつもの好々爺に戻ってそう言うオスマンに礼をして、四人はドアに向かった。 ルイズはその場を動かないギアッチョに眼を向けたが、「先に行ってろ」と 言うギアッチョに心配そうに頷くと、慣れない松葉杖に苦戦しながら出て行った。 「何か・・・ワシに聞きたいことがあるようじゃの」 そう言うと、オールド・オスマンはギアッチョに向き直った。ギアッチョは黙して 老翁を見つめている。オスマンはそれを肯定と受け取った。 「言ってごらん できるだけ力になろう 彼女達を助け、フーケを捕らえて くれたせめてもの礼じゃ」 それからオスマンは、隣に控える雑草一本ない頭頂部を持つ教師――コル ベールに退室を促した。一体何が始まるのかと期待していたコルベールは 今正にかぶりつこうとしていたケーキを取り上げられた子供のような顔で 部屋を出て行った。それを見届けてからギアッチョは口を開く。 「『破壊の杖』・・・あれをどこで手に入れた?」 キュルケが抱えていたあれは、間違いなく自分の世界の兵器、ロケット ランチャーだった。何故あれがこっちの世界にある?自分の故郷、 イタリアに戻る方法は存在するのか?・・・ 全てを聞き終えたオスマンは、少し驚いた顔をしながらもこの兵器の由来を 語りだした。曰く、この杖は自分の命の恩人が持っていたもので、その男は 既に死んでこの世にいない。そして彼が何故、どうやってこの世界に来た のかはこのオスマンにもさっぱり分からないということだった。 「・・・・・・そうか」 ギアッチョは黙ってそれを聞いていたが、やがて諦めたようにそう言った。 何せルイズが連日徹夜で調べてくれても見つからなかったのだ。そう簡単に 分かるとは、ギアッチョも思ってはいなかった。オスマンはすまんの、と 一言謝罪を述べてから、 「しかしおぬしのこのルーン・・・これについては分かるぞ」 ギアッチョの左手を取ってそう言った。 アルヴィーズの食堂、その二階のホールが今夜の舞踏会場だった。中は 色とりどりに着飾った貴族達で溢れ、平民なら頼まれても入りたくないような 豪奢な雰囲気が漂っている。が、ギアッチョは勿論そんなことに躊躇など しない。ずかずかと入り込んで好き放題に飯を食い、シエスタについで もらったワインを豪快に飲んでいた。さっきまではキュルケと話をしていたが、 ちょっと踊って来ると言って彼女はホールの中央へと歩いていったので、 ギアッチョは今デルフリンガーと会話をしている。 「いやー、しかしダンナも使い魔として召喚されるぐれーだからなんか能力は 持ってんだろーなとは思ってたが いやはやこんな化け物じみた魔法を 使えるたぁね!おでれーたよ俺は」 うんうんと何か一人で納得しているデルフだった。 「あれは魔法じゃあねー スタンドっつーオレの世界の能力だ」 デルフは基本的には己の使い手に味方するあまり主体性のない剣なので 特に情報をバラされる心配はない。そういうわけでギアッチョはルイズの他に このデルフリンガーにだけは隠し事をやめている。 「ほー そうかい しかしおっそろしい能力だよなぁ・・・無詠唱で一瞬の うちに空気までも氷結させるなんざよー あいつらメイジにしてみりゃあ まさに魔人の所業だね あん時ゃ流石の俺もブチ砕けそうだったぜ」 スタンドとは精神のヴィジョン。つまり彼らメイジの扱う魔法と、本質的には 同等のものだと言える。もしもギアッチョのスタンドがなんらかの形を取る ものであったならば、彼らには恐らくその姿が見えていたはずだ。デルフ リンガーには、本人はまだ気付いていないが強力な魔法吸収能力がある。 デルフがあの極寒の世界でブチ割れずに済んだのは相当に強力な固定化が かかっているということともう一つ、彼が所持しているその力がスタンド・・・ 精神の力に密かに反応して発動していたせいなのだが、彼がそれに気付くのは もう少し後の話だった。 テーブルの上で意外な健啖ぶりを発揮しているタバサや性懲りもなく次々と 女性を口説いてはモンモランシーに殴られているギーシュを見ながら、 ギアッチョはホールの奥へと進む。はたしてルイズはそこにいた。 「よぉ」 上から降ってきたその声に、ルイズは握っていたフォークを置いて顔を上げる。 「何してんだ? こんなとこでよォ~」 自分を見下ろすギアッチョから眼を逸らして、ルイズは答えた。 「・・・わたしは主役なんかじゃないもの」 一人で勝手に突っ走って仲間に迷惑をかけ、そして自分の身まで危うくし挙句 己の使い魔まで亡くしかけたのだ。そんな自分にどうして土くれのフーケを倒した ヒーローになる資格があるだろうか。キュルケ達に説得されて一応は着飾って 来たルイズだったが、入場した途端にホールの門に控える衛士に大声で紹介を され、彼女はもう恥ずかしいやら悲しいやらで一目散に壁際の席まで逃げて きたのだった。 「本当なら謹慎をくらっていてもおかしくないのに・・・場違いにも程があるわ」 ギアッチョは頭を掻いた。そりゃあいくら皆無事で済んでるからと言ってそう 簡単に開き直れるわけもないだろう。 全く手のかかるガキだ、とギアッチョは溜息をついた。 「ま・・・反省するのは結構だがよォォー てめーが主役じゃないなんてこと だけはねーぜ」 「え・・・?」 きょとんとしているルイズを見下ろして、ギアッチョは続ける。 「あの時てめーが討伐隊に志願しなきゃあどうなった?おそらくキュルケは 手を上げないだろう・・・それならタバサも志願する理由はねえ ギーシュの 野郎も立ち聞きもそこそこに逃げていっただろうよ そして教師共が 行かされることになれば・・・フーケを逃していたか、もしくは殺されていた 可能性もあった」 ギアッチョは眼鏡を中指で上げて、こう結論した。 「てめーが杖を掲げたからこそ、今のこの状況があるってわけだ」 ルイズはしばらくギアッチョを見上げて呆然としていたが、やがて我を取り 戻すと、ぷいと横を向いて言う。 「・・・な、何よ 危うく丸め込まれそうだったけど・・・結局は上手いこと言って 励まそうとしてるだけじゃない 余計にみじめになるだけだわ」 ネガティヴまっしぐらである。そんなルイズにギアッチョはもう一つ溜息を つくと、座っている彼女の目線に合うようにしゃがみこみ・・・その綺麗な 鳶色の瞳を覗き込んで、 「嘘じゃあねえ」 ただ一言、こう言った。 ルイズは当惑している。ギアッチョはいつも通りの凶眼で、ルイズをいつも 通りに睨んでいるだけだ。だけど何故だか今、その瞳の奥に優しさが 見えた気がして――有り得ないことだと自分に言い聞かせつつも、一度 そう思ってしまったルイズは彼と眼が合っているのがどんどん恥ずかしく なって、結局すぐに眼を逸らしてしまった。この使い魔は本気で言っている のだろうか?いや、そんなわけはない・・・今日わたしがしたことを知ってて 誰が本気でそんなことを言う?・・・・・・でも、もし本気だったら? やや混乱気味のルイズの頭の中で肯定と否定がぐるぐる回る。 ・・・もし、本気だったら。 「・・・・・・嘘じゃないなら」 ルイズは横を向いたまま、スッと手を差し出す。 「・・・・・・お・・・踊りなさいよ・・・」 ギアッチョは思わず「ああ?」と言いかけたが、更に一つ溜息を吐き出すと、 すっくと立ち上がり・・・ルイズの手を取った。 「・・・・・・一回だけなら付き合ってやる」 意外にも――実に意外にも、ギアッチョはダンスが上手かった。やり方 など一切知らないらしく本当に適当なダンスだったが、ロクに左足が 使えないのですぐにバランスを崩すルイズをリードして、足一つ踏むこと なく踊っている。 「・・・う、うまいじゃない・・・あんた」 それは当然だった。ギアッチョはスケートでアスファルトを時速80キロ以上で 走る男である。バランス感覚には相当なものがあった。 ――ったくよォォーー 寝ても醒めても殺しに塗れてたオレがなんだって こんなところでガキ相手にダンスを踊ってるってんだァァ? ギアッチョはルイズを見た。更にバランスが崩れやすくなるというのに、 赤く染まったその顔はギアッチョから背けられたままだ。「全く不器用な ガキだな・・・」と、ギアッチョは今度は心の中で嘆息する。 ――とっとと帰りてーところだが・・・もう少してめーの面倒を見てやると するぜ しょーがねーからよォォ~ 世にも不機嫌に見える顔で、しかしギアッチョは踊り続けた。 「おでれーた!」 さっきまでルイズが座っていた席に松葉杖と共に立てかけられている 魔剣は、実に機嫌の悪そうな男と彼から眼を背け続ける少女という、 全く不可解な組み合わせのダンスを見ながらそう叫んだ。 「しかも使い魔とご主人様だ!こんなダンスは見たことねえ!」 デルフリンガーはもう一度、心底面白そうに叫ぶ。 「こいつはおでれーた!」 ==To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2163.html
目を覚ましたリキエルは、まず窓の外を見やった。 日は出ているようだが、まだ薄暗い。早起きには成功したらしい。成功といっても、意識してそれができるほどリキエルは器用な人間ではない。見知らぬ場所で寝たことで、単純に眠りが浅かっただけである。硬い床に、何も被らずに寝転がっていたというのもその一因かもしれなかった。 身を起こしてみると、体の節々が不満を言うようにギシギシと痛んだ。それに少し肌寒い。目が覚めた一番の要因はこれだろうと、リキエルは思った。 そんな肌寒さや、寝起き特有の奇妙な現実感が、今おかれている状況が夢の中ではないことを改めて実感させた。わかりきっていたこととはいえ、リキエルは、自分が夢を見ているのではないか? という考えを捨て切れていなかった。その可能性がどうやら完全に消えたことで、リキエルは少しだけ肩を落とした。 「……とりあえず仕事だな」 多少なりとも憂鬱な気分を払拭しようと、リキエルは今自分がやるべきこと、できることに意識を向けた。好き好んでやるわけではないが、他になにをするわけでもない身の上である。 リキエルは、洗濯を命じられた衣類と下着、ついでに昨晩自分の汗をふき取ったタオルを拾い上げ、ルイズを起こさぬよう、なるだけ物音を立てずに、そろりと部屋から抜け出した。 ◆ ◆ ◆ 好調とはほど遠いものだったが、寝覚めは悪くなく、寝ぼけていたわけでもないとリキエルは思っていたが、実際はそうでもなかったらしく、肝心なことを忘れていた。どこで洗濯をすればいいのかわからないのだ。 この世界には魔法があるためか、科学技術の発展は遅れているようだった。というよりも必要とされていないらしく、所謂、文明の利器と呼ばれるものが存在していない。無論、洗濯機などがあろうはずもなかった。昨晩のルイズとの話でそのあたりの事情はわかっていたのだが、だからどうこうということを考えるのは今日の自分に任せ、昨晩のリキエルはそのまま寝てしまったのである。 そういうわけで、手洗いをするしかないと気づいたリキエルは、適当に当たりをつけて水汲み場を探し始めたのだが、 「広すぎるだろうがッ! 自然公園並か、それよりもっとかもしれない! 本当だな、造形美と機能美が両立しないってのはよォ~」 いかんせん敷地が広すぎた。このトリステイン魔法学院、伊達に城が建っていたり塔が点々と屹立しているわけではなく、全寮制ということもあってか、広大な敷地面積を誇る。 外に出てみたはいいものの、勝手のわからないリキエルは水汲み場を見つけるのに難儀し、小一時間ほど駆けずり回った挙句、未だに見つけられていない。すでに日は昇って、召喚の儀式があった草原も、その光をうけて黄金色に輝いている。早くに目が覚めた意味がまるでなかった。 リキエルは、どうしたものかと頭を抱えた。そんな迷える子羊然としたリキエルを、天は憐れと思ったか、ちょっとした手助けをするつもりになったようである。 「あの、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう方では?」 後ろからかけられた言葉に、リキエルは首を回して振り返り、開いている片目を少し見開いた。 メイド服の少女がいた。ハウスキーパーの類ならば、リキエルのいた世界でもそう珍しくはないが、その少女は、見たところ給仕や女中といった立場の仕事をしているように見受けられた。本職というと語弊があるが、そういったメイドには、そうそうお目にかかれるものではない。 珍しい、とリキエルは思ったがしかし、当然とも思えた。貴族制の生きているこの世界、使用人がいてもなんら不思議はないだろう。 それよりも、見も知らない少女が自分について知っていることの方が、リキエルには気になった。 「知ってるのか? オレを」 「ええ。やっぱりあなたのことだったのですか。奇妙な服装の、隻眼の平民を召喚してしまったって、噂になってますわ」 なるほど、やはり人間を使い魔にすることは、半日で噂になる程度には珍しいことのようだった。 ――ただ。 隻眼というのは格好がつき過ぎるとも、リキエルは思った。 「私も平民で、貴族の方々をお世話するためにここでご奉公させていただいている、シエスタっていいます」 はきはきとした態度から、目の前の少女の気立てがよいことがわかる。歳はルイズと大きな差はないだろうに、内面はえらい違いである。根底にある人間性の違いか、それとも貴族と平民との差だろうか。 初対面の人間にも物怖じしないシエスタに、リキエルは道を聞くことにした。 「オレはリキエル。……ところで、会って早々悪いんだがちょっと聞いていいか」 「はい、なんでしょう?」 きょとん、とした顔でシエスタは答える。 「水汲み場か、井戸みたいなモノはないか?」 「はい、それならこちらです。ついてきてください」 水汲み場は、寮からほど近い場所にあった。 「…………」 「レースのついたものは、無理に力を入れるとほつれてしまうので、指の先で少しづつ、擦るようにして洗うんです。そう、そんな感じです」 桶と洗濯板を借り受けて、シエスタの指示をうけながら、リキエルは一枚一枚丁寧に洗濯物を片付けていく。 貴族が着るものであるからか、それともルイズの趣味なのか、どれも妙に凝った作りで、衣服の手洗いなどしたことがないリキエルには、どう洗えばいいのかわからなかった。そこでシエスタに教示を願ったのだ。 それならば、と自分が洗うことを申し出たシエスタだったが、リキエルは自分の仕事だからと、感謝しながらも申し出を断った。ただ、生理的に洗いづらい下着類については言葉に甘えさせてもらった。 小山ほどもあった洗濯物だが、意外なほど早くその殆どが洗い終わった。汚れのないものも含まれていたからだ。激昂したルイズは、どうやら綺麗なものまでまとめて投げつけたらしかった。 「悪いな。オレの勝手につき合わせちまって」 あとは干すだけとなったころ、リキエルはシエスタに向かって言った。 「いえ、いいんですよ。今は私、仕事もありませんし」 シエスタはこともなげに、謝るリキエルに笑いかける。それから、ほんの少し顔を曇らせてリキエルに訊ねた。 「でも、リキエルさんこそ、大変じゃないですか? 突然使い魔になってしまって。貴族の方に仕えることになってしまって。洗濯も、本来は貴族の生徒さんたちが各自でやるものなんですよ」 それは初耳だ、とリキエルは思い、それも含めて考え、首を振った。 「偶然とはいえ、助けられたからなァ。恩返しだと思うことにしたんだ。それにやることもないんだよ、こんな見知らぬ土地じゃあな」 ついでに、逃げ出して自活しようというような気概もリキエルにはない。 「助けられた、ですか?」 「ああ。オレが……」 首を傾げるシエスタに、リキエルは説明しようとして、やめた。説明したところで信じられるような話でもないだろうし、自分でもなぜこうなったのか理解できていないのだから、うまく話せそうにもなかった。 「いや、なんでもない。そういえばシエスタ、朝食は摂ったのか」 話題を変えるために、多少強引ながらリキエルはそう聞いた。何となく気にかかっていたことでもあったので、ついでである。 シエスタはまた首を傾げたが、あくまでお喋りの一環としての疑問だったため、すぐにそんなことは忘れたらしく、リキエルの問いに答えた。 「私達は、朝食を済ませてから仕事に取り掛かるんです。それで、お掃除をしたりお洗濯をしたり、それから同室の子が多分、今なんかは食堂で――」 そこでシエスタは言葉を区切った。そしてリキエルに向き直る。心なしか、案じるような色を含んだ顔になっている。 「リキエルさん。リキエルさんは、お食事を?」 「いや、まだだ」 考えてみれば、丸一日近く何も胃に収めていない。指摘されるまで気づかなかったが、ひどい空腹を感じる。そう付け加えると、シエスタは目を丸くして、顔を少し青くする。と次の瞬間には、眉尻をこれでもかというくらいに下げ、尚且つまた血相を変えるという器用なことまでした。 「大変。リキエルさん急いでください! まだ、走れば間に合うかもしれません! 洗濯物は私が干しておきますから!」 「お、おい、なにがだ。どこへ行けっていうんだ」 シエスタの剣幕にリキエルはたじろぐ。ころころと変わる表情から必死さは伝わってくるのだが、なにやら焦っているのがわかるだけで、おそらく肝心な部分が抜けている。シエスタもそれに気づき、たどたどしくも説明する。 「使い魔は、貴族の授業についてかなきゃあならないんです。もうすぐその時間が来ちゃうんです! だから急がないと!」 やはり、まだあまり要領を得ない説明だったが、その説明を反芻したリキエルは、漠然とシエスタの言わんとしているところを理解した。 「つまりこういうことか? さっさと食事にありつかないとオレは食いっぱぐれる」 「そうです!」 「なにィィイイイイ」 確かに一大事である。忘れていた空腹感が思い出されたためか、リキエルにはこれ以上食事を抜くことは、耐え切れないことのように思えた。 リキエルはシエスタに食堂の場所を聞き出すと、礼もそこそこに、あとを任せて脱兎の如く駆け出した。 「……あ」 リキエルの姿が見えなくなった頃、平民は食堂に入れないということをシエスタは思い出し、また顔を青くした。 ◆ ◆ ◆ 敷地内で一番高い、真ん中の本塔の中。アルヴィーズの食堂。 アルヴィーズとやらは何か知れないが、目印がハッキリとしているため、リキエルは迷うことなくそこを目指して、ただひたすらに走る。三大欲求の一つに忠実になった身体は、その能力が飛躍的に高まっているようだった。 と、いきたいところだが、急に走り出して空っぽの胃をひっくり返し、鈍痛に顔をしかめているのがリキエルの現状である。 形だけは必死に走り、ようやく本塔の入り口を視界にいれたリキエルは、ハーフマラソンを初めて完走するランナーのような達成感と安堵を感じた。 しかし、ゴールを見つけたからといって安堵するのはいささか早計といえる。マラソンでも、安堵した途端に筋肉が弛緩し引きつり、痙攣して立てなくなって再起不能という事態がままある。要するに、リキエルは間に合わなかった。 リキエルは見覚えのある、桃色がかったブロンドの少女が食堂から現れるのを認めた。 少女は小さめの口を大きく開き、よく通る声で怒鳴った。 「あ、いた! あんたどこほっつき歩いてたのよ! 折角、特別な計らいで中に入れてあげようと思ってたのに! これから授業よ! さっさと付いて来なさい!」 「はぁー、はぁー、お……ぇ」 タッチの差で、リキエルはパンの欠片さえ口にできなかった。人生とは往々にしてそういうものであるが、その僅かな差をやりきれないと思うのが人情である。 やりきれなさを抱えながら、リキエルは疲労で重くなった足を引きずるようにして、目を吊り上げて何事かを叫んでいる主人のもとへ歩いて行った。失意の念が、リキエルの耳を厚く閉ざしていた。 リキエルは心の中で叫んだ。JESUS! とただ一言。 しかめ面のルイズと、消沈した面持ちのリキエルが教室に入っていくと、先にいた生徒達が一斉にくすくすと笑い始めた。 ルイズはそれを無視してずんずんと階段を下り、開いている席に腰を下ろした。 同じようにリキエルが椅子を引くと、ルイズがそれを睨み付ける。 「……なんだ」 「使い魔は座っちゃ駄目。主人をほったらかすような使い魔は特に」 「洗濯をしてたんだ。昨日の夜に渡されたやつをな」 言われるまま、床にひざ立ちしながらリキエルは抗議する。空腹と、食いっぱぐれたことにより気力が減退しているため、勢いはなきに等しかった。 しかし、ルイズは死体を蹴飛ばすかのように容赦しない。 「仕事が遅すぎるわ。行くなら私を起こしてからにしなさいよね。危うく寝過ごすところだったんだから! 着替えも顔洗いも自分でしなくちゃならなかったし」 「それは……すまなかったな」 リキエルは、苦虫をすり潰したエキスをコップ一杯分飲んだような顔になった。 仕事が遅いと言われたのは仕方がないことかもしれないが、他の仕事については聞かされてもいないことであり、その内容もおかしい。掃除洗濯などは覚悟していたが、着替えの手伝いともなると話は別である。いかな貴族とはいえ、会って間もない男にそれをやらせるとは、このルイズという少女、なかなかに図太い神経をしているらしい。それとも、平民には男も女もないということだろうか。 平民というものの扱いに改めて辟易するリキエルだったが、このルイズの様子では、改善の余地もないだろうと諦めた。 しかし、実のところはそうでもないのである。 何かといえばパニックを起こしやすいリキエルを、ルイズは気の毒と思ったか、少なくとも食事については一応の改善を図っていたのだ。粗末ながらも椅子を用意したり、貴族のそれとは北極星とナマコくらいの差があるが、ある程度まともな食事を用意させたりといったことだ。 リキエルにとってそれは当然の待遇といえるが、当初は床で食べさせることなども考えていたルイズにしてみれば、かなりの譲歩である。ただ、結局どれも無駄に終わってしまっただけなのだ。 ルイズの機嫌が悪い最大の原因は、実はこれである。平民のくせに、使い魔のくせに、ご主人様の温情を突っぱねるとはいい度胸じゃない! ははは恥かかせるなんて、やってくれるじゃない! というわけらしい。 「次からは気をつけること。じゃないと朝食抜きだから」 そう宣言し、ルイズは視線を前に移した。 憮然とした顔でため息をつき、リキエルも前を向く。丁度そのとき、扉が開き、教師と思しき中年の女性が入ってきたところだった。全体的にふくよかな容姿と優しげな微笑みが、その人柄を表しているようだった。 「春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。この『赤土』のシュヴルーズ、こうやって新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみですのよ」 彼女、シュヴルーズは教室を見渡しながら言った。そして、その視線がルイズとリキエルのところで留まり、少し驚いたような顔になる。そしてつい、思ったことを口にしてしまった。 「おやおや。変わった使い魔を召喚したようですね。ミス・ヴァリエール」 その言葉で、生徒たちの忍び笑いが爆笑に変わった。爆笑している内の一人が、腹を抱えながらルイズに向かって言う。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 肩を震わせながらも耐えていたルイズだったが、『ゼロ』の一言は我慢ならなかったらしく、その生徒を睨み付けて言い返した。 「違うわ! きちんと召喚したもの! 平民でも成功は成功よ!」 「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」 いよいよ生徒達の笑いが止まらなくなる。ところどころから、ゼロ、ゼロという単語が飛び出してくる。 ――ゼロのルイズってのは……。 いったい何なのだろうかと、リキエルは思った。こちらに来た当初にもそれを聞き、昨晩のキュルケもそれを口にしていた気がする。何度か耳にしたが、その意味はわからないままだ。ただ、ルイズの様子を見れば、あまりいい意味ではないことだけはわかる。 そのルイズは拳を握り締め、そして静かに、怒鳴りたくなる衝動を抑え、それでも溢れ出る怒りをこめて言った。 「ミミ、ミセス・シュヴルーズ。侮辱、されました。風上のマリコルヌが、わわわ私を、侮辱したわ」 それを聞いて先ほどの生徒、マリコルヌが反射的に立ち上がる。ギラギラした光を瞳に宿らせて、マリコルヌは声を張り上げた。 「風上だ! かぜっぴきじゃあないぞ! オレは風上の――」 「合ってるでしょう?」 「……あれ?」 シュヴルーズが呆れたように杖を振る。 マリコルヌは、何やら消化不良に悩まされたような顔をしたまま、すとんと席に座らされた。糸の切れた操り人形のようなその姿に、生徒達はまた笑い声を上げた。 「わたくしの発言も思慮に欠けました。しかしミスタ・マリコルヌ、お友達を中傷するようなことは感心しませんよ」 少し厳しい顔で、シュヴルーズはマリコルヌに言う。そして、あなたたちもですよ、というように、ルイズを笑っていた生徒にも顔を向ける。それにより笑い声は小さなものになったが、殆どの生徒はゲラララゲラゲと笑い転げたままだ。 その中の一人が笑いをこらえ、表面だけは真面目な顔で叫んだ。 「でもミセス・シュヴルーズ! ルイズのゼロは紛れもない事実です!」 こらえていた分もあってか、先ほどよりさらに大きな笑いが教室を埋め尽くす。 ルイズは、今度はそれらに怒鳴って言い返すこともしなかった。どうやら無視を決め込んだようである。ただ、右肩と眉が、水揚げされた鰯のようにピクピクと震えているので、無視し切れてはいないようだった。 ルイズが言い返さないのを良いことに、生徒達は笑うのをやめようとしない。何がそこまでおかしいのかわからないリキエルから見れば、ここまで来ると一種異様である。 シュヴルーズが眉根に皺を寄せ、再度杖を振るった。すると、笑い声がぴたりと止んだ。 「一度でいいことを二度言わせる気ですか? あなたたちは、しばらくその格好で授業を受けなさい」 大口を開けて笑っていた生徒は口の中に赤土が詰め込まれ、くすくす笑いをしていた生徒は上下の唇に赤土を押しつけられていた。優しげな風貌をしているシュヴルーズも、そこはやはり教師である。生徒に舐められるようでは務まるわけもないということだろう。 授業を始めますと言って、シュヴルーズは机の上に石ころを出現させた。それから改めて自己紹介をし、講釈に入った。 授業は静かに進行する。リキエルはシュヴルーズの話を適当に耳に入れつつ、大学の講義室のような教室を見回してみた。 おそらく皆使い魔なのだろう、カラスやフクロウなどの無難な生き物から、想像上のものだと思っていた生物などが目に入る。尻尾の燃えているデカイ蜥蜴は、昨晩のキュルケが言っていたサラマンダーというやつだろうか。中には生物か否かも疑わしいようなものもいて、窓の外でも数匹ウロウロしていた。リキエル自身もその中の一体だと考えると、確かに笑えることかもしれない。 ――いい迷惑だがな。 それら使い魔達の主人はその殆どが、セメントか粘土のようになった赤土で口を塞がれている。魔法で取り払おうとしてか、杖を振り回している者もいるが、効果はないらしい。 キュルケがそうなっていなかったのは意外だった。 ちなみに、マリコルヌも赤土を免れたらしかった。釈然としない顔のまま黙っていたからだろう。 リキエルは一通りそれらを観察し終え、本格的に授業を聴いてみることにした。この世界の授業が理解できるとは思わないが、暇つぶしになるかもしれない。そう踏んで耳を傾けたのだが、これがどうしてなかなか面白い。 魔法における四つの系統、『火』『水』『土』『風』。失われた『虚無』を合わせて五系統。 シュヴルーズは土の系統らしい。自分の系統であるためか、そこは熱く弁舌を振るっている。その内容から察するに、土の系統は工業や農業にその力を発揮するようである。先ほどのように攻撃的な用途もあるようだが。 聞いているうち、リキエルはなるほどと思った。魔法使い――こちらでいうメイジはそれぞれ得意な魔法に違いが出るようで、二つ名というのも、得意な魔法の系統に因んだものらしい。『赤土』を名乗るシュヴルーズが土ならば、『微熱』を二つ名に名乗ったキュルケは火の系統といったところだろうか。 ――ゼロというのも……。 その二つ名というやつだろうか。だとすれば、その意味するところはなんであるのか。リキエルはまた疑問に思ったが、ルイズ本人に確かめたところで結果は見えているし、熱心に授業を聴いているルイズに話かけるのも気が引けた。とりあえず、今は授業に集中することにした。 今日の授業の本題は『錬金』だった。そのおさらいという話である。 錬金と聞いて、リキエルは以前何かで読んだヨーロッパの錬金術を思い出したが、それもあながち間違いではなかったらしい。 「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」 授業よりも爪の手入れに勤しんでいたキュルケが、興奮した声を上げた。リキエルも開いた口が塞がらない。 初めに用意した石ころに、シュヴルーズが何かを唱えて杖を振ると、それが金属に変わったのである。シュヴルーズの言うところによるとそれは真鍮で、金を錬金出来るのは『スクウェア』クラス、彼女は『トライアングル』クラスなのだということだ。 またよくわからない単語が出てきたが、リキエルは話の流れから、メイジのランクのようなものだろうとあたりをつけた。 なんにしても、魔法はなんでもありなのだ、ということは改めてよくわかった。石ころを真鍮にしたり金にしたり、原子も分子もあったものではない。 次に、シュヴルーズはそれをルイズにやらせようとした。熱心な態度が気に入られたらしい。目を掛けられたということか。ルイズは少し目を見開き、口を開いて何か言おうとしたが、直ぐにまた結び、席から立ち上がった。 途端に教室中からうめき声と悲鳴があがる。うめき声の理由は、口に張り付いたままの赤土である。 「ウんんんン――ッ! ガアアアア――アァッ!」「再びかァ――ッ! 昨日みたいのは勘弁してくれェ!」「逆に考えるんだ。一度きりなんだから昨日よりはマシと考え、られるかアアアァァ!」「ンゴォおおおおぉ――ッ!!」「成功のないままおわ――」「それはもういいんだよッ! さっさと隠れろ!」 悲鳴叫喚どこ吹く風と、ルイズは教卓の前に立つ。生徒達は顔を青くし、我先にと机の下に隠れだした。残っているのは、未だに放心した面持ちのマリコルヌだけである。 シュヴルーズとリキエルはそれらを不思議そうに眺め、ルイズは先ほどシュヴルーズがしたように、杖を掲げて何やらブツブツと唱える。ルーンというらしい。そして石ころに向かって杖を振り下ろした。 「おぉぉお! なにィィイイイ!?」 その瞬間眩い閃光が、轟音を伴ってリキエルの視界を奪った。 ……石ころは爆発した。らしい。 というのも、石ころの置かれていた教卓は粉々で、それがあった場所の床もえぐれているため、正確には何が爆発したのかもわからないのである。 教卓の名残や床だったものは四散し、机に食い込み窓を割り、使い魔たちを脅かし、マリコルヌに突き刺さっている。爆発の中心近くにいたシュヴルーズは目を回しており、マントはズタボロで蜂も住まないほどに穴だらけだ。本人に目立った傷がないのは幸運だったといえる。 幸運といえば、ルイズとリキエルも無傷だ。ルイズは制服のところどころが破れているが、本人はピンピンしている。リキエルは驚きのためか、珍しく両の目を見開き、やはり驚きのために腰が完全に抜けてしまっているが、小石ひとつ体には受けていない。 「魔法は失敗だッ! 依然変わりなくッ!」「ゼロの魔法=爆発!」「マリコルヌを医務室に運べェェ! 息をしていないッ!」「魔法が使えないのにこの学院にいるんじゃあねェ――ッ!」「見せ場のないまま終わり。それがマリコルヌ・グランドプレ」「お前、脇キャラ昇格狙ってねえ?」 教室を叫喚と罵声が飛び交う。シュヴルーズが気絶したためか、赤土を引っぺがすことができたらしい。使い魔たちも暴れ回り飛び回り、色々と収拾がつかなくなっている。しかしそんな中、爆発を起こした張本人は澄ましたもので、制服についた煤を手で払っていた。落とせそうにないことがわかるとすぐに諦めて、コホン、とひとつ咳をしてから、こうのたまった。 「ちょっと、失敗したみたいね」 …………。 誰も何も言わない。皆が皆、餌を待つ池の鯉のように口をパクパクとさせたあと、疲れたように長い溜息をついた。 「こういうことか」 角砂糖を一度に三個ほど飲み込んだような顔をしながら、リキエルは小さく呟いた。『ゼロ』の意味を、言葉ではなく心でもなく体で理解していた。 ――しかしこういうことなら……。 直接聞いておいた方がよかったかもしれないと、机にすがりつくようにして立ち上がりながらリキエルは思った。パニックを起こす間もないほどに驚いたのは、この世界に来て早二度目である。腰はまだガタついていており、先ほどまで開いていた両目は、やはりいつもどおり、片方のまぶたが下がっていた。 ――洗濯といい、食事といい……。 前途は多難。そういった予感が、リキエルにはしている。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/840.html
カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌは考える。 妹はどうしているだろうか。 今頃は使い魔を召喚して、喜んでいるだろう。 今はそういう時期。自分の相棒となる使い魔を召喚する時期。 だが妹より年上のカトレアは未だ使い魔を召喚していない。 何故なら学校に行ってないからだ。 理由は引きこもりや、学校に行ったら負けかなと思っているのではなく、体が弱いために行けないのだ。 だから彼女は考える。学校に行っている妹の事を。 そして妹がどんな使い魔を召喚したのか想像している内に自分も使い魔を召喚したくなった。 本来はいけない事だが召喚だけして契約はしなければバレないだろう。 彼女を責める事は出来ない。彼女は自分の領地(それでも結構広いが)から出たことがないのだ。 このちょっとした好奇心と悪戯心から召喚のための魔法、サモン・サーヴァントを唱える。 使い魔が出てくるはずのゲートが開いた。何故か下に向かって。 そしてそこから現れたのは人間の男だった。それも超スピードで落ちてきた。 ぐしゃっと言う何かが潰れた様な音が鳴った。潰れたのは召喚された男らしい。 「え?え?どういうこと?」 おそらくは落ちている最中に召喚されたのだろうがカトレアにはそんな事知る由もなく、ただ混乱していた。 混乱から解けたカトレアはとりあえず治癒の魔法を男にかける。まだ息があったからだ。 そして男の傷はふさがって行く。 間に合った事に安堵したカトレアはちょっとした気の緩みから後ろに倒れこむ――が意識を取り戻した男が間一髪で支 えたので倒れなかった。 「ごめんなさい、体が弱くて…」 「そうでしたカ、どうすれば良いデスカ?」 「とりあえず…お屋敷まで運んでください」 「お屋敷?ああ、あれデスネ?」 男はカトレアを担いだままヴァリエールの屋敷に向かって歩きだした。 「そういえば…アナタお名前は?私はカトレアよ」 「トニオ・トラサルディーといいます。トニオと呼んでください」 屋敷に入り、カトレアの案内で部屋までたどり着く。 そして部屋のベッドに寝かせ、話が出来そうな状態になったのを確認してから質問を始めた。 「具合が悪いところスミマセン。ここは何処なのでショウ?ワタシはある鳥の卵をとるために崖から飛び降りたはずな のデスが」 「だから落ちてきたんですか?」 「ハイ、それでイキナリ地面が現れたのでぶつかって大怪我をしたはずなのですガ…」 「私が魔法で治したんです。怪我をしたのも私のせいですけど…」 「そうでしたカ、助けてくれてアリガトウゴザイマス」 カトレアは驚いた。自分が怪我をさせたというのにトニオは怒らなかったのだ。 「何かお礼をしたいデス。ちょっと両手を見せてくだサイ」 「え?あ、はい」 「フーム。体が弱いと言っていましたがソウトウですね」 「わかるんですか?」 「ワタシは両手をみれば肉体全てがわかりまス。ちょっと厨房をお借りしマス」 普通だったら初めて会った人間にそんな事はさせないのだが トニオは自分が召喚し、そして怪我をさせた人間だ。だから厨房を使わせるくらいなら、とカトレアは使用許可を出した。 数時間後 「出来ましタ!どうぞ召し上がってください」 料理が完成したらしい。 カトレアはちゃんと頂きますをしてから料理を食べた。 食べ終えたカトレアの体に異変が起こった。 体中にとてつもない痛みが走るのだ。 「こ…れは…?」 「落ち着いテ!痛みは一時的なものでス」 そしてトニオの解説が始まった。要約するとこれで健康になるらしい。 眉唾な話だったがカトレアは信じた。 数時間前に会ったとばかりだというのにトニオに奇妙な信頼を置いていたからだ。 そして痛みが収まり、カトレアは自分の体が健康になった事を実感した。 「すごい…これは先住魔法?」 「フム、実のところワタシにもよく分かってないのですが…多分そうでしょう」 「はあ…でもスゴイですね。こんな事ができるなんて!」 「スゴイ?…ワタシが?」 「そうですよ。こんな事他に出来る人はいませんよ。」 「……アリガトウゴザイマス」 トニオの目には涙が浮かんでいた。彼の料理は気味が悪いといわれ、認められなかったのだ。 それをカトレアは認めてくれた。それが嬉しかったのだ。 カトレアもまた泣いていた。自分のどうしようもない弱点であった原因不明の病気をトニオは治してくれたのだ。 それはつまり『普通の生活をする』という。彼女の望みを叶えた事になる。 互いに互いの最大の望みを叶えた。そんな二人が恋に落ちたのは当然だったかもしれない。 そしてトニオはヴァリエール家に料理人として雇われ、徐々にラ・ヴァリエール公爵に認められることになる。 パール・ジャムが先住魔法という事になっているため彼は普通の平民ではなく、元貴族かもしれないと言う事と 誰にも治せなかったカトレアの病気を治したと言うことからあまり話はこじれなかった。 最後にヴァリエール家で自分の子供達に囲まれながら寿命を迎えた彼の最後の一言をもってこの物語を終えようと思う。 「ここはもしかしたら異世界かもしれませン」 それは最初に気づこうよ、トニオさん。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/865.html
朝食を食べ終えたルイズとジョニィは教室に入った。 石造りの教室にはたくさんの生徒と、様々な使い魔がいた。 生徒たちは二人が教室に入るとゼロがどうとか平民がどうとか言いながら笑い始める。 笑われてるみたいだけど、とジョニィが小声で聞くがルイズは嘲笑を無視するとそのまま席に向かっていった。 「ルイズ。一つ聞きたいんだけど…。なんだい?そのゼロって。朝も呼ばれてたよね?」 「あんたには関係ないわよ」 ルイズは不機嫌な声で答えると席の一つに腰掛けた。ジョニィも黙って隣に座る。 ちょうどそこで扉が開き、中年の女性が入ってきた。 「皆さん。春の使い魔召還は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのが楽しみなのですよ」 そう言いながらジョニィに視線を向ける。 「おやおや、また変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズがジョニィを見てとぼけた声で言うと、教室中がどっと笑いに包まれた。 「ゼロのルイズ!召喚できないからってそのへんの平民を連れてくるなよ!」 一人の小太りな生徒がゲラゲラと笑いながら立ち上がった。なぜか彼の体には黄金長方形を見ることができない。 「違うわ!きちんと召喚したもの!ミセス・シュヴルーズ!かぜっぴきのマリコルヌに侮辱されました!」 「なんだと!?オレは風上のマリコルヌだ!」 二人が熱くなり始めたところでシュヴルーズは杖を振った。すとん、と二人が席に着き、ついでに笑っていた生徒達の口に粘土が押し付けられる。 まるでスタンド能力だ。ジョニィはあらためて魔法の凄さに感心した。 授業は滞りなく進行した。 内容は系統の説明やクラスなど基礎的なものらしく、ほとんどの生徒達はつまらなさそうに聞いている。 だが元の世界に戻る唯一の手段である魔法を学ばなくてはいけないジョニィは真剣に授業を聞いていた。 魔法初心者の彼にとって授業が基礎から始まるのはありがたかった。 シュヴルーズは『土』系統の魔法を教えるらしく、さっきから何度も『土』系統の魔法の重要さを説明している。 あまりの必死さに生徒達は若干引いているのだが。空気読めよ。 授業が進み、いよいよ実践となったところで唐突にルイズが話しかけてきた。 「ジョニィ。あんた…魔法も使えないのにそんな真剣に聞いてどうするのよ」 「だから言っただろ。僕には帰ってやらなきゃいけないことがある。そのためには魔法でもなんでも学んでやるさ」 「あのねえ…帰る方法なんてないって言ったじゃない。それに…」 「ミス・ヴァリエール! 授業中の私語は慎みなさい!」 そんな風に喋っているとシュヴルーズに見咎められてしまった。 「は、はい!すいません…」 「お喋りするほど余裕があるのなら、『錬金』はあなたにやってもらいましょう」 シュヴルーズがそう言って机の上の石ころを指差した瞬間、教室の空気が変わった。 真っ先にキュルケが立ち上がり反対する。 「先生!危険です!」 「なぜです?失敗を恐れていては何もできませんよ」 他の生徒達からも続々と反対の意見が上がるがシュヴルーズはまったく聞く耳を持たない。 一方、ルイズはこれはチャンスだと思った。 どうもジョニィは使い魔としての自覚がないらしい。 自分に対する尊敬とかそういう気持ちが微塵も感じられない。タメ口だし。 そんな彼がさっきから一所懸命魔法を学んでいるのだ。 ここで一つ魔法でいいところを見せればジョニィも見直すことだろう。 (この先100年間は二度と挑んで来たいと思わせないようにご主人様との力の差を見せてあげるわッ!) 「やります」 そう言ってルイズは立ち上がり、颯爽と教室の前へ歩いていく。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 にこっと笑いかけるシュヴルーズに頷くと一呼吸置いてから呪文を唱える。 「承太郎さん!あなたの『スタープラチナ』だ!」 「まずいぜ…!もう少しだけ離れねーと…!」 「『魔法』を使わせるなーーッ!!」 「いいや限界だ!隠れるね!『今だッ』!」 「射程距離5メルトに到達しています!S・H・I・T!」 生徒たちが一斉に慌て始める。 ジョニィはルイズの実力を見るいい機会だと呑気に見ていたが、前の席の生徒が机の下に隠れるのを見てイヤな予感がした。 何かヤバイと思った瞬間、教室が光に包まれたのだ! 「うおおッ!?ジャイロォォーー!?石ころが「爆発」したッ!?」 ジョニィはルイズがなぜ「ゼロ」なのかをやっと理解したのだった。 めちゃくちゃになった教室の片付けが終わったのは昼休みの前だった。 罰としてルイズ一人で片付けを命じられてしまったため時間がかかってしまったのである。 もちろんジョニィも手伝った───というかほとんどジョニィがやったと言ってもいいだろう。 新しい窓ガラスを手配したのもジョニィだし煤だらけの教室にモップをかけたのもジョニィだ。 ルイズは教室の隅でいじけてただけみたいなもんである。 「ルイズ…僕のほうは終わったんだが」 「………」 無言。気まずい。 どうしたものかとジョニィがしばらく悩んでいるとルイズが口を開いた。 「…あたしがなんでゼロかあんたにもわかったでしょ」 そう呟いた。明らかに落ち込んでいた。 そしてなぜかその姿には見覚えがあった。 ───いいところを見せるどころか恥を晒してしまった。 きっとゼロの意味を知ってジョニィもわたしを嘲り笑う。 そして見捨てる。役立たずと。誰からも認められない「ゼロのルイズ」と。 そう思うと悔しくて泣きたくなってきた。 そしてついジョニィにキツく当たってしまう。 「まあ、君の実力はだいたい解ったよ。あの爆発の威力はスゴかった」 「…言いたいことがあるならハッキリいいなさいよ!笑いたいなら笑いなさい!」 「…?ハッキリ言ってるじゃないか。君の実力もゼロの理由も理解した。別に僕は笑ってないだろ」 ゼロという言葉に反応してルイズはキッとジョニィを睨みつける。 「そう言って…きっと心の中では笑ってる!どんなに努力しても誰からも認めらない! 誰からも見捨てられる!わたしを「ゼロのルイズ」だって!」 ルイズは半分涙声になりながら続けた。 そこでジョニィははっとした。 先ほどルイズに見た誰かの姿は───僕だ。 魔法が使えないせいで誰からも認められない、そう言って一人ぼっちでいるルイズの姿は 歩けないせいで暗い病院で一人で絶望していたあのころの自分を思い出させた。 誰も関心なんか払わない。みんな見捨てる。観にさえも来ない。それが僕の進んでいる『道』 そう思っていた自分にそっくりだった。 ジャイロはそんな僕の限界を打ち破ってくれた。 ならば彼女にも───「何か」が必要なのではないか。 自分の限界を打ち破る、無限へと続く黄金の回転のような「何か」が。 「勉強もした!練習もした!それでも…できなかった!貴族なのに!メイジなのに! 魔法が使えないメイジなんて誰からも認められるわけがないわ!わたしは…わたしは!」 今まで溜め込んできたものを必死に吐き出すルイズの言葉をジョニィは遮った。 「『できるわけがない』」 「え…?」 「他の誰かができても自分はできるわけがない。いくら努力したってできるわけがない。君は今そう思っている。だから限界を感じている」 ジョニィはサンドマンとの戦いを思い出す。自分もそう思っていた。黄金の回転なんか『できるわけがない』と。 「でも本当に出来ないのか?僕の意見を言わせてもらえば君はあんな爆発を起こせるんだ。だったら…君が気付いてないだけで…何か小さなキッカケで…それを見つければできるのかもしれない」 ジャイロが自分の身を犠牲にしてまで教えてくれた黄金長方形を見つけた自分のように。 「そのキッカケが『何か』はわからないけど…。『少しずつ』…少しずつ『生長』すればいいじゃあないか…。今はゼロでも…その『何か』を探して少しずつ『生長』して…そして、そうすれば…最後に勝つのはそうやって『生長』した人間なんだから…」 そう言ってジョニィは教室を出て行った。 自分の言葉が希望になるかはわからないが…それでも『何か』のキッカケになればいいと願って。 一人残されたルイズは呆然と教室の扉を見ていた。 ───今あいつは何を言ったのだろう。彼の言葉には経験に裏付けされた根拠があった。 笑われるものだと思っていた。見捨てられると思っていた。 だがジョニィはそうしなかった。わたしを認めて励ましてくれたのだ。今はゼロでもいいじゃあないかと。 そう思うとルイズは───ただ嬉しかった。 だが素直になれない性格とプライドの高さが災いして次にでてきた言葉は 「ななな、なによ!つ、使い魔のくせして偉そうに!ま、待ちなさい!」 照れ隠しにそう言うと赤い顔を隠してジョニィを追いかけるように教室をでていった。 ───今日の昼ごはんはちょっと豪華にしてあげてもいいかな。 To Be Continued =>
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/670.html
武器屋に入っていくルイズ達を、キュルケ一行は影から観察していた。 「武器屋・・・?何しに行くのよあの子達」 「そりゃあ武器屋なんだから武器を買うんだろう?」 「普通はそうでしょうけど ルイズはメイジじゃない」 キュルケとギーシュがひそひそと話をしていると、 「ギアッチョ」 本を読みながら短く答えるタバサ。その言葉にキュルケが納得している横で、ギーシュはビクンと震えている。 それに気付いたキュルケが、 「ギアッチョ」 と呟くと、ギーシュは小さく「ひぃっ」と声を上げて縮み上がった。 「タバサ・・・コレどーにかならない?」 呆れた声でタバサに助力を求めるキュルケに、 「無理」 少女は簡潔かつ明瞭な答えを返した。 絹を引き裂くような悲鳴が聞こえたのはその時である。 ドグシャアァッ!だのドグチア!だのメメタァ!!だの何やら不穏な物音と共に、 「痛いって痛ギャーーーーーーーーッ!!」という大声が響いた。 音の発信源である武器屋にキュルケ達が眼を向ける。悲鳴と物音はなおも続き、 「ちょ、待って待って痛いから!ホント痛いからコレ!ね! 一旦落ち着こう!ってちょっとやめェーーーーーーーッ!!」 というどう聞いても被害者のものと思われる声に 「逃げてー!デル公逃げてーー!!」 という野太い声が重なり、「剣が一人で逃げられるかボケェ!!ってイヤァァァーー!!」 律儀にツッこみを返す先ほどの声、そしてその後に 「ちょ、ちょっと!何やってるのよギアッチョ!!やめなさいってば!!」 と何かを制止する少女の声が聞こえ、キュルケ達の99%の予想は100%の確信へと昇華した。 「・・・あの使い魔もなんとかならないかしらね・・・」 口の端を引きつらせるキュルケに、 「絶対無理」 簡潔な絶望を以って返答するタバサだった。 ちなみにギーシュは、あっけなくその意識を手放していた。 物音が聞こえなくなって数分、ルイズとギアッチョが武器屋から出てきた。 ギアッチョの手には古びた剣が鞘ごと鷲掴みにされている。 店主と思われる男が顔を出すと、 「生きろデル公ーーー!!」 と叫んでいた。 「デル公?」 誰の事だろう。キュルケがそう思っていると、ギアッチョの持っている剣がひとりでに鞘から顔――のように見えなくもない鍔――部分を露出させ、 「離せ!いや、離してくださいィィィ」とか「ゴミ山でもいいから俺を捨ててくれェェェ!」とかわめいている。 「インテリジェンス・ソードじゃない・・・また変なもの買ったわねルイズも」 当のルイズは、全力で魔剣から目をそむけていた。合掌。 「なぁ!ちょっと考え直そうぜマジに!剣買うなら安くてつえーの紹介すっからさ! 別に俺である必要はないわけじゃん?こんなオンボロよりもっと若くてイキのいいのが沢山あんだって!な!」 なおもわめき続けるインテリジェンス・ソードにギアッチョは目を落として言う。 「なるほど一理あるな・・・」 「だろ!?だったら早く俺を返品しt」 「でも断る」 「何ィィ!?」 ギアッチョは喋る剣を胸の高さに持ち上げて続けた。 「てめーはどうやらなかなか頑丈みてーだからよォォ~~ 武器兼ストレス発散装置として活用させてもらうとするぜ」 一片の光明も見出せないその返答に、デル公の微かな希望は崩れ去った。 「・・・ところでよォォ~~」 ギアッチョが急に声を大きくする。 「今日は大所帯じゃあねーか え?キュルケ いつまでコソコソ覗いてんだ?」 その言葉にキュルケの心臓が跳ね上がる。気付いていた!?いつから!? 「最初から」 と呟くように答えて、タバサは物陰から抜け出した。 「気付いてて放置してたってわけ・・・?これじゃまるでピエロじゃない」 こめかみを押さえて一つ溜息をつくと、未だ覚醒しないギーシュの首根っこを引っつかんで、キュルケは青髪の少女に続いた。 「キュ、キュルケ!?・・・に、ええと・・・タバサ・・・とギーシュまで どうして!?」 いきなり現れた三人にルイズは面食らっている。まさか見つかるとは思っていなかったキュルケは、そのストレートな質問に 「ど、どうしてって・・・えーと・・・」 しどろもどろで言い訳を考える。そして数瞬の沈黙の後、 「・・・そっ、そうよ!あなたが使い魔に振り回される所を見物しに来たのよ!」 と言い放った。 「な、なんですって~!?いくら暇だからって随分悪趣味なのねあんたって!!」 売り言葉に買い言葉で喧嘩を始める二人をやれやれといった眼で眺めるタバサがふとギアッチョに眼を向けると、同じような眼でルイズ達を見ていた彼と眼が合った。 「本題」 ギアッチョがキレる前にさっさと片付けようと思ったタバサは、そう言ってから身の丈よりも長い杖でポコンとギーシュの頭を叩く。 「あいたッ!もっと優しく起こし・・・ん?」 その衝撃で眼を覚ましたギーシュは、キョロキョロと辺りを見回し。汚い路地裏に倒れている自分を見、そしてその自分を眺めているギアッチョを見て―― 魔剣もかくやと言わんばかりの悲鳴を上げた。 「「ちょっと、うるさいわよギーシュッ!!」」 ルイズとキュルケの見事なハモりに、「ヒィッ、すいません!」と思わず直立しようとしてしまったギーシュだったが、松葉杖が手元になかったせいで見事にスッ転んだ。 見かねたタバサが、物陰に捨て置かれていたそれをレビテーションで持ってくる。 「あ、ああすまない・・・」 タバサに礼を言って松葉杖をつかむと、ギーシュは今度こそ立ち上がり、 バッチィィィン!! 自分の顔を思いっきりひっぱたいた。その音に驚いたルイズ達が喧嘩をやめてギーシュを見る。 「・・・よ、よし 気合は入った・・・ッ」 強く叩きすぎたのか、フラつきながらもギーシュはルイズへと歩き出す。 「な、何・・・?私?何の用・・・?」 状況を把握出来ていないルイズの前に立ち、ギーシュはおもむろに松葉杖を投げ捨てた。 そして支えを失ってバランスを崩しながらも彼は地面に膝をつき―― 「ラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに、グラモン家が四男ギーシュ・ド・グラモンが謝罪申し上げる!!」 ガツン!!と石畳に頭を打ちつける。 「申し訳ないッ!!僕が悪かった・・・今までの侮辱、どうか許して欲しい!!」 ルイズ達はあっけにとられていた。キュルケやタバサも、ギーシュはどうせギアッチョにビビって適当な礼もそこそこに逃げ戻ってくるだろうと思っていたのだ。 彼に家名と誇りをかけた謝罪をする決意があったなどと、夢にも思わなかった。 「ちょ、ちょっとギーシュ!何やってるのよ・・・もういいわ!顔を上げて!」 ルイズが慌ててしゃがみこむ。 「許してくれるかい・・・ルイズ」 自分を立ち上がらせようとするルイズに、ギーシュは頭を地面につけたまま問う。 「・・・ええ ヴァリエールの名にかけて」 「・・・・・・ありがとう」 そこまで言って、ギーシュはようやく血に塗れた顔を上げた。ルイズに肩を借りて 立ち上がると、ギーシュはギアッチョに向き直る。相変わらず膝は笑っているが、 その眼に迷いはなかった。 「・・・ギ・・・・・・ギアッチョ 僕は君にも謝罪しなければならない」 しかし口を開きかけたギーシュを、 「待ちな」 ギアッチョは押しとどめる。 「やれやれ・・・どーやらよォォ~~・・・ ケジメをつける『覚悟』だけはあるらしいな」 「ギアッチョ・・・ 謝らせてくれ、僕は」 というギーシュの言葉に被せてギアッチョは続ける。 「別にこいつの従者になったつもりはねーが・・・元はといえばオレがルイズの 使い魔として受けた決闘だ てめーはいけすかねぇ貴族のマンモーニだが・・・ 貴族として貴族に謝ったってんならよォォーー 平民に謝罪なんかするんじゃあ ねえぜ」 意外なギアッチョの言葉に、ギーシュは二の句が継げなかった。 「その代わり、だ 平民は平民らしくよォォーー てめーのツラを一発ブン殴って 終わりにさせてもらうぜ」 「・・・ギアッチョ・・・」 ルイズもギーシュも、この場の誰もが驚いていた。しかしギーシュはすぐに理解した。 まだよく分からないが、きっとこれが『覚悟』なのだと。貴族としての『覚悟』に、彼は 平民として応えてくれているのだと。 「・・・分かった・・・来たまえ、ギアッチョ!」 ギーシュはにこやかにそう答え、 トリステインの青空に、派手な音が鳴り響いた。 ギーシュは、学院へ向かって飛ぶシルフィードの背中で、風竜の主に問いかけた。 「・・・タバサ 『覚悟』って一体何なんだろう」 タバサは本からちらりと眼を外すと、 「意志」 一言短く、しかしはっきりと答えた。それが何を指すのか、ギーシュにはやはりまだ 分からなかったが――彼は今、不思議とすっきりした気分だった。 ==To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/323.html
ヴェストリ広場。普段は人気の無いこの場所は、噂を聞き付けた生徒で溢れ返っていた。 「諸君!決闘だ!」 ギーシュが高々と薔薇の造花を掲げそう宣言すると、周りから歓声が上がった。 (どうやら完全に娯楽扱いらしいな。本人は気付いてるか知らんが。) ポルナレフはだんだん自分が何やっているのか分からなくなってきた。 「逃げずによく来たね。一応褒めてあげるよ」 キザったらしく髪を掻き揚げ薔薇の造花をポルナレフに向ける。 「…」 ポルナレフは無言だった。 ギーシュは何か言おうとしたが、ポルナレフが右手に持っている物が目に入った。 「なんだい、その『亀』は?」 「…俺の相棒だ。」 「…亀…ああ、君は『ゼロ』の使い魔だったか! 道理でどこかで見た気がしたよ!」 やっぱり貴族という連中は亀が好きらしい、というか亀以下なのか、俺は? ポルナレフはそう思った。 「どうせ貴様は魔法を使うんだろ?素手じゃ不利だからな…」 「ふん!まあ構いやしないだろう!大体亀ごときに何が出来るッ!ナイフでも持ってきた方が良かったんじゃないか!?」 ギーシュは素早く薔薇の造花を振った その動作に伴いはらりと花弁が舞い、それが地面に落ちるや否や等身大の人形へと変化した。 「おっと言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』ッ!青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するッ!!」 ワルキューレが女騎士の恰好をしているのを見て、やっぱりただの女好きらしいと判断するポルナレフ。 「青銅…か」 チャリオッツだったら一秒もかけずに十六等分してるだろうな、とも考えたが、チャリオッツのいない今、そんなことを考えても仕方がないので雑念を捨てた。 「まずは小手調べだッ!」 「来い、小僧!」 ギーシュの台詞と共に一体のワルキューレが突進し、拳を繰り出す! しかしポルナレフは繰り出される直前にズボンから厨房から(無断で)借りてきたテーブルクロスを取り出し、ワルキューレと自分の前にバサッ!と広げた。 「目くらましかッ!」 そのテーブルクロスにワルキューレの拳が炸裂する! が、手応えが無かった。 それどころかポルナレフの姿自体が無かった。 いきなりのことに慌てるギーシュ。 「ど、何処に隠れたッ!?」 返事が無い。 地面に落ちたテーブルクロスをめくってみてもポルナレフの姿は無い。 いるのは亀のみ… その時ギーシュは閃いた。 あの平民は亀を相棒と呼んでいた。 →とすれば亀を人質(?)にすれば問題は無いッ! …明らかに汚い手だがギーシュはそれを実行に移した。 ギーシュはワルキューレに亀を捕まえさせると自分の手元にまで持って来させ、受け取ると高らかに叫んだ。 「出てこい平民ッ!さもなければお前の亀を殺すぞ!」 …ただのゲス野郎にしか見えない。 そして何処からともなくポルナレフの声がした。 「やれやれ、しょうがあるまい…大切な相棒兼寝床だからな。 床で寝る真似など、俺には出来ん。」 ギーシュはニヤリと笑い、「かかったなダボがぁ~」と思った。 だが、そのせいで気付かなかった。その声が『何処から』響いてきたのかを。 ドスッ! いきなりの事にギーシュは手の甲に感じた衝撃が何かわからなかった。 見てみると、亀の甲羅からから伸びた腕が、 ギーシュの右腕をナイフで深々と刺していた。 後日彼が語るにはー 「あ、ありのままあの時起こったことを話すよ… 『奴の前で亀を人質にとったと思ったらいつの間にかナイフが刺さっていた』 何を言っているのか分からないだろうが僕にも分からなかった。 先住魔法だとか虚無だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない。 もっと訳の分からないものの片鱗を味わったよ…」 「ギャァァァアァァ!」 ギーシュは思わず亀から手を放し左手で傷を押さえた。 しかし亀から出た腕は間髪入れずギーシュの顔面を殴り飛ばす! ギーシュの体は空を舞い、地面に仰向けに叩き付けられた。 「あ、ぐ…」 ギーシュの意識が一瞬飛んだ直後、今度は頭を踏み付けられた。 ギャラリーにはいつの間にかポルナレフが現れ、ギーシュの頭を片足で踏み付けた、としか見えなかった。 ポルナレフの左手には血で濡れたナイフが握られていた。 (ポルナレフ以外誰も知らなかったが、それはナランチャ・ギルガの遺品である。) 「…小僧、何で貴様がここまでズタボロになっているか分かるか?」 ポルナレフは静かに尋ねた。 ギーシュはそこに何故か怒りがあるのに気付いた。 「そ、それは…お前が怪しげな魔法を…」 ポルナレフの威圧感に押さえ付けられつつも、ギーシュは一応返答した。 バキィッ! ポルナレフはギーシュの頭を躊躇せず蹴りとばした。 「このドグサレがッ! 貴様が負けた理由、それは相手には無いッ! それは貴様が相手を見くびったからだッ!」 ポルナレフはギーシュを初めて見てから、ずっとかつての自分を感じていた。 そして亀の中から戦い方をみて確信した。 亀を人質にとったりするのはただのゲス野郎だが、それを除いたとしても、 ギーシュのある程度実力はあるが、自信過剰気味で油断している姿は まさにアヴドゥルがホルホースにやられかけた時より以前の自分そのものだった。 それだけに、厳しくしようとしてしまう。 「貴様は見くびって、小手調べだと言ったろう? それが駄目なのだッ!勝ちたければッ!」 ポルナレフは一呼吸おいてから静かな口調で言った。 「自分の持てる全力で来い。それが闘いへの、相手への、騎士の誇りへの礼儀だ。」 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2490.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 「失敗したわ!!」 ルイズは歯噛みした。 フーケはこちらに気づいていなかった。めずらしく魔法も狙ったところで爆発した。 それなのにまるで攻撃が分かっていたかのようにゴーレムの上に逃げられてしまった! 「ね、ねぇ。いきなり攻撃してよかったの?」 康一が間の抜けたことを言う、 「何言ってるのよ!あんな怪しすぎる奴敵に決まってるじゃない!貴族の基本は見敵必殺よ!敵を見つけたんだから後は必ず殺す番ね!」 「そこはかとなく危険思想な気がするけど・・・」 しかし、放っておくわけにもいかなそうだ。 ゴーレムは自分達を無視するかのように、再び壁に拳を叩きつけた。 ついに壁に大穴が開いて、中の様子が垣間見える。 その穴にフーケが飛び込んだ。フードを被っているので顔はよく見えない。 「あそこって・・・宝物庫!?やっぱり宝物を盗むつもりだわ!コーイチ!フーケを捕まえて!!」 ルイズがその間もファイアーボールの呪文を唱えて杖を振る。 見当はずれの場所がボンボコボンボコ爆発した。 「わかったから、『スタンド』には当てないでよね!」 ACT2を出して、フーケが飛び込んだ穴に飛ばす。 フーケのいる部屋までは大体20m!十分射程圏内だ! いた!フーケは部屋の中で何かを物色しているようだ。 「そこまでだあッ!!」 『バグォオオオン!!』の尻尾文字を作り投げつける。 しかし尻尾文字が穴に飛び込もうとした瞬間、土の壁が穴をあっという間に覆い隠してしまう。 尻尾文字は土の壁に阻まれて爆音をあげる。 「そんなぁ!!」 ACT2は土の壁に張り付いたが、これを破るだけのパワーはACT2にはない。 「コーイチ!!」 ルイズの悲鳴でハッと我に返った。 土のゴーレムが足を飛ばしてルイズと康一を踏み潰そうとしている。 「うわぁぁー!!」 二人が這うようにしてそこから逃げだした。すぐ後に、小屋くらいの大きさの足の裏がズゥウウウンと地響きを立てて踏み降ろされた。 「こ、こんなのに潰されたらひとたまりもないぞッ!」 本体を叩いている場合じゃない。まずはこのゴーレムをなんとかしないと! 「こいつを止めろ!ACT3!!」 今度はACT3を出す。3FREEZEをゴーレムの足に叩きつけた。しかし・・・ 「な、なんだってぇー!?」 エコーズが重く出来るのは一度に一つである。ゴーレムへの3FREEZEの効果は、ゴーレムの足の一塊の土を重くするだけにとどまっていた。 重くなった土が剥がれ落ちるが、ゴーレムは周りの土を集めてすぐに再生してしまう。 「ぜ、全然効かないよぉーーーー!」 康一は悲鳴をあげた。 「ちょっと!なにやってんのよ!!」 ルイズが怒鳴る。 「だって、こんな土でできたゴーレムなんて、相性が悪すぎるよ!!」 ゴーレムには聴覚もないし感覚もない。だからACT1や2の攻撃も意味がない。ACT3で重くするのも意味がない。 ACT3で殴り合えというのか!このちょっとしたビルほどもある、馬鹿でかいゴーレムと!! ゴーレムの地を這うようなこぶしが襲い掛かってくる。 いや、試しに殴り合ってみようか。ひょっとして『3FREEZE』ならあの拳を止められるのではないだろうか、 ゴウッ!という風圧が迫る。ダムの放流現場に近づいたときのような、莫大な質量がもたらす圧倒的存在感! 「やっぱ無理ッ!!」 転がるようにして避ける。スタンドとの戦いの経験はあるが、こんな化け物とやったことはない。 「もうっ!!がんばりなさいよっ!!」 一方のルイズは康一よりもさらに遠くから杖を振りまくっている。ゴーレムのあちこちが爆発するが、表面の土を巻き上げるだけだ。 「どうしろっていうんだッ!!」 康一が怒鳴り返した。 フーケは宝物庫の中に入ると、まっすぐに右奥を目指した。 「弓と矢」のありかは分かっている。以前オールド・オスマンの付き添いで、宝物庫の整理をしたことがあるからだ。 大きな木箱に、鉄製の鍵がかかっている。『固定化』の呪文がかけられていたが、フーケが『錬金』であっという間に土くれにしてしまう。 「ふふっ、ようやく手に入れたわ。」 フーケは箱を開けると、中にある『弓と矢』を取り出した。 そんなに変わったものにはみえない。ただ鏃だけは凝った作りになっており、石とも金属ともいえない、不思議な輝きを放っていた。 「フーケが逃げるわ!!」 宝物庫から飛び出してきたフーケが、ゴーレムの肩口に飛び乗る。 ゴーレムはゆっくりと向きを変え、塔から離れていく。 動作そのものはスローに見えるが、縮尺が大きいので移動速度はかなりのものである。 「逃がさないぞッ!」 外に出てきたなら、ACT2で攻撃できる! しかし、追跡しようとしたところで、ゴーレムが離れ際に何かを投げてきたのが見える。 石、だろうか。 いや近づくにつれ、どんどんとでかくなる。岩・・・? 違う!これは、ゴーレムの拳についていた、巨大な鉄の塊ッ!!! ルイズに向かって落ちてくるが、ルイズは追いかけるのに夢中で気がついていない! 「ルイズ!!」 走っても間に合わない! ドゴォオオン!!! 鉄塊が地響きを立てて激突した。 あたりに土ぼこりが立ち込める。 「ごほっごほっ!・・・ルイズ!大丈夫!?」 康一はフーケを追うのを諦め、ルイズの元へと駆け寄った。 鉄塊の落下地点の更に向こう。ルイズは土まみれになって地面に転がっていた。 あの瞬間、康一はACT2の音文字『ドヒュウゥゥゥ』でルイズを吹き飛ばしていたのだ。 ルイズはしばらく地面に突っ伏したまま動かなかったが、康一の呼び声にぴくりと反応して体を起こした。 擦り傷打撲であちこちがぼろぼろである。その上頭からつま先まで土ぼこりにまみれている。ケホッっと小さく可愛い咳をした。 「危なかったね。無事でよかったよォ~!」 康一が駆け寄るとルイズはむくりと立ち上がった。 心配顔の康一の顔面に手を飛ばした。ぐーである。 「ぷげっ!!」 いきなり殴りかかってくるとは思わない康一はまともに喰らってしまった。思わず手で鼻を押さえた。鼻がツーンとして涙が出る。 「な、なにを・・・!?」 「なにをじゃないわよ!あんたのせいで逃げられたじゃない!!」 積もった埃を払おうともせず、ルイズは激昂した。 「逃げられた、って。君今危うく死ぬところだったんだよ!?」 「そうね。あんたにぶっ飛ばされて走馬灯が見えたわ。危うく天国のおじい様に連れられて川向こうのお花畑に遊びに行っちゃうところだったわ!!」 どうやら、危うく自分を押しつぶすところだった鉄塊のことは眼中にないらしい。 「ぼくは君を助けたんだぞッ!?」 「言ってる意味がわかんないわ。だいたい助けるならもっと優しく助けるべきでしょ!臨死体験させてどーすんのよ!」 そんな暇なかったよ!!と言おうと思ったが諦めた。おかんむりのご主人様は使い魔の言うことを聞く耳を持ち合わせていないらしい。 今らながら、騒ぎを聞きつけた警備員やメイジたちが集まってくるが、フーケとそのゴーレムはもういずこかに消えていた。 「せっかく、チャンスだったのに・・・」 あんたのおかげで逃げられたわ。といわんばかりに頬を膨らます。 ただでさえ幼い容貌なのに、そうするとまるで、小学生みたいだ。 思わず拭きだしてしまうと、ルイズは康一の二の腕を握りこぶしでゴンと叩いた。 「何笑ってるのよー!」 「ごめんごめん!」 土まみれで周りの目も気にせずやり合う二人に、駆けつけた大人たちは顔を見合わせた。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1204.html
この宿、「女神の杵」亭が砦であった頃の栄華を偲ぶ中庭の練兵場。 そこがギアッチョとワルド、二人の決闘の舞台だった。 腰を落として我流というよりは全く適当に剣を構えたまま、ギアッチョは心中で舌打ちする。 ――怒らせて手の内を曝け出させるつもりだったが・・・やっぱりそう上手くはいかねーらしい 敵もさる者、この程度の挑発で逆上するような器量ではないようだ。「流石は女王の護衛隊長ってわけか」とギアッチョは一人呟く。 しかしそれならそれで別にいい。少なくとも戦い方の一端は把握出来るはずだ。 ギアッチョは己の左手に眼を落とす。その甲に刻まれたルーンは、手袋の下からでもよく分かる光を放っていた。 「どうしたね使い魔君 来ないのならばこちらから行くよ」 一向に動こうとしないギアッチョを挑発すると、ワルドは地を蹴って駆け出す。 戦い慣れた者の素早さで一瞬にしてギアッチョに肉薄すると、レイピアのように作られた杖で無数の刺突を繰り出した。 風を切り裂いて繰り出されるそれをギアッチョはデルフリンガーで次々と捌く。 ――こいつはすげぇな・・・正に「身体が羽のように軽い」ってやつだ。 己の剣捌きに一番瞠目していたのは、他ならぬギアッチョ自身であった。 素の状態でもワルドの突きをかわす自信はあるが、今のギアッチョは例え千回突かれようがその全てをかわし切れる程に楽々とそれを捌いていた。 が、予想以上の「ガンダールヴ」の能力に意識が完全にワルドから逸れていた為、突きと同時に行われていた詠唱にギアッチョは気付けなかった。 詠唱が完了したと同時に目の前の空気が弾け、 「うぉおッ!?」 空気の槌をモロに受けてギアッチョは吹っ飛んだ。 ごほッと肺から空気を吐き出しながらもギアッチョはとっさに空中で体勢を整え、デルフリンガーを地面に突き刺して転倒を回避する。 「おいおい、ガードぐらいしたらどうだい? 手加減はしてあるが下手をすれば肋骨が折れるぞ」 羽根帽子のつばを杖の先端で持ち上げて、ワルドはニヤリと笑った。 ルイズが心配げに見守る中、ギアッチョはチッと一つ舌打ちをしてから剣を抜く。 「大丈夫かいダンナ」 「ああ?この程度じゃノミも殺せねーぜ」 若干ふらつきながらも、デルフリンガーにギアッチョは何でもないといった顔でそう返す。 ギアッチョは無傷で勝つことも少なくはなかったが、スタンド使い同士の戦いでは瀕死の怪我を負ったり手足が切り飛ばされたりなどということは珍しい話ではない。 それに比べれば今のダメージなど正に蚊に刺されたようなものであった。 余裕の笑みを浮かべるワルドにガンを飛ばして、今度はこっちの番だと言わんばかりに走り出す。 ワルドは杖を突き出して既に詠唱を終えていたエア・ハンマーで迎撃するが、歪んだ空気の塊が衝突する寸前ギアッチョは「ガンダールヴ」の脚力で右へ飛び避けた。 規格外のその脚力をフルに利用して、ギアッチョは一瞬でワルドの背後を取る。 そのまま身体をねじらせてデルフリンガーを一閃するが、ワルドは一瞬の判断でギアッチョに体当たりし、身体でその腕を止めた。 「・・・君、今首を狙ったな」 身体を衝突させ合った格好のまま、ワルドが鋭い眼で睨む。 「わりーな いつものクセでよォォー、次からは気をつけるとするぜ それよりてめー・・・なかなか素早い判断が出来るじゃあねーか」 「当然だ 女王の護衛を任される者の実力を舐めないことだな」 言うが早いかワルドはぐるりと回転してギアッチョに向き直り、そのまま流れるような動作で三発目のエア・ハンマーを放った。 下からアッパーの要領で撃ち出された風の槌はギアッチョを空高く打ち上げる――はずだったが、 「何・・・?」 ボドンッ!!といういつもの景気のいい打撃音は全く聞こえず、上空高く吹っ飛んでいるはずのギアッチョは数十サント浮き上がっただけで大したダメージもなく着地して いた。 デルフの口からは「おでれーた」という言葉が漏れていた。どうやったのかは分からないが、今自分は魔法を吸収した気がする。 しかし彼が己のしたことを完全に理解するより先に、ギアッチョは次の行動に移っていた。 メイジではないギアッチョは、今の現象をただの不発か角度その他の問題―― 要するに偶然だと考えた。 喋る魔剣を乱雑に構え直すと、色を失くした双眸でワルドを射抜く。 ――同じ魔法を三連発・・・工夫も何もありゃしねえ 手の内見せる気は更々ねえってわけか まあそれもいいだろう。剣のいい練習台にはなる。ギアッチョは足に力を込めると、地面を変形するほどの勢いで蹴って走り出した。 一方ワルドは、エア・ハンマーを打ち破ったものの正体に早くも勘付いていた。 ――あの剣に我が風が吸い込まれるのを感じた・・・どういう原理かは知らないが、どうやら魔法を吸収するマジックアイテムのようだな・・・ 杖をヒュンヒュンと振り回してから構え、ワルドは呟いた。 「それならそれでやりようはある」 「彼はどうして魔法を使わないんだろう?」 決闘を見物に来ていたギーシュが、ロダンの彫刻のようなポーズで言う。 同じく本を閉じて二人を見ていたタバサは、それを聞いてぽつりと口を開いた。 「力を隠してる」 「まあ、確かに王宮の関係者にアレがバレたら一悶着ありそうだものねぇ」 うんうんと頷いてキュルケが同意する。その横ではルイズがずっとブツブツ文句を言っていた。 「何よあのバカ・・・いつもいつも勝手なことばかりするんだから・・・!そりゃ使い魔だって物じゃないけど、たまには言うこと聞いてくれたっていいじゃない! ワルドもワルドよ いつもはこんなことする人じゃないのに・・・」 怒りと不安がないまぜになった顔で呟くルイズの肩にポンポンと手を置いて、ギーシュは遠い眼をする。 「分かってやりたまえルイズ 男にはやらねばならない時というものがあるのさ」 分かったようなことを言うギーシュにジト眼を送ってから、ルイズは複雑な顔でギアッチョ達に視線を戻した。 「全然分からないわよ バカ・・・」 決闘直後とは正反対に、今度はギアッチョが怒涛の勢いでワルドを攻め立てていた。 袈裟斬りから斬り返し、そのまま薙ぎ払いから突きを繰り出し、全く型というものを感じさせない動きで息つく暇なく攻め続ける。 言ってしまえば完全にでたらめな剣捌きなのだが、「ガンダールヴ」の力で繰り出される剣撃は力といい速度といいそれだけで大変な脅威であった。 しかしワルドは風を裂いて繰り出されるそれをひらりとかわしするりと受け流し、涼しい顔で避け続ける。 そしてギアッチョがデルフリンガーを大きく振り下ろした瞬間、ワルドは攻勢に転じた。 地面まで振り下ろされた魔剣を完璧なタイミングで踏みつけ、同時に手刀で喉を突きにかかる。ギアッチョは即座に左手でそれを払いのけたが、その瞬間胸に押し当てられた杖までは手が回らなかった。 ドフッ!! 空気が炸裂する音が響き、 「ぐッ!!」 人をあっさり数メイルも吹き飛ばす衝撃を再び真正面から喰らって、ギアッチョは豪快に吹っ飛んだ。ギアッチョはなんとかバランスを保って着地したが、 「剣を手放したな、使い魔君 勝負ありだ」 主人の手から離れた剣を踏みつけたまま、ワルドが勝利を宣言する。てめー足をどけやがれとデルフリンガーがわめいているが、彼はそれを軽く無視して続けた。 「やはり『ガンダールヴ』、とてつもない膂力だが・・・君の太刀筋はまるで素人だ」 自分を睨むギアッチョから眼を外して、ワルドはルイズへと歩いて行く。 「分かったろうルイズ 彼では君を守れない」 そう言ってルイズの肩を抱くと、後ろ髪を引かれるルイズを伴ってワルドはギアッチョに振り返ることもせず宿へと戻っていった。 そりゃあ剣なんざ今日初めて使ったからな、と彼が心の中で笑っていたことも知らずに。 恐る恐るギアッチョの様子を見ていたギーシュ達は、どうやら彼が怒っていないと知ってバタバタと駆け寄った。 「怒らないのね?ギアッチョ」 「意外」 キュルケとタバサが珍しいといった顔でギアッチョを見る。そんな彼女達に眼を向けて、ギアッチョはフンと鼻を鳴らして笑った。 「初めて剣を使った人間を本気で攻撃する野郎に怒りが沸くか?笑いをこらえるのに必死だったぜ」 初めてという言葉に、三人の顔はますます驚きの色を濃くする。 「ええ!?だ、だってあんな凄い動きしてたじゃない!」 その場の疑問を代表して口にするキュルケに、 「ルーンが光ってた」 フーケ戦の時と同じ、とタバサが鋭く指摘した。ギアッチョは数秒の黙考の後、 「・・・全くよく観察してるじゃあねーか ええ?タバサ」 諦めたように溜息をつくと、手袋をずらして左手をかざした。 「『ガンダールヴ』のルーンらしい 伝説の使い魔の印だとよ」 「が、がん・・・?何・・・?」 何それと言わんばかりのギーシュとキュルケにタバサが説明する。 「あらゆる武器を使いこなしたと言われる、始祖ブリミルの使い魔」 「嘘っ!?」「凄っ!」とそれぞれの反応を返す彼らの前で、ギアッチョは既に鞘に収めていたデルフリンガーを抜き放った。途端、左手のルーンが光り出す。 ギーシュ達がおおーだのうわーだのと感嘆の声を上げるのを確認してから、ギアッチョはデルフを収め直した。 「伝説だなんだと言われてもよく分からんが、あらゆる武器を操れるってなマジらしい 武器に触れるとそいつの情報が勝手に流れ込んで来る上に体重が無くなったみてーに身体が軽くなりやがる 大した能力だぜ」 練兵場跡でガンダールヴについてひとしきり歓談したところで、ギーシュがうーんと唸る。 「しかしやっぱり悔しいなぁ」 「ああ?」 「君の魔法は隠さなきゃならないってことは分かるんだが、君はワルド子爵にきっとある日突然伝説の力を得ただけのただの平民だと思われているだろう? それがどうにも悔しいというか歯がゆいというか」 ギーシュの言うことがよく分からず、ギアッチョは怪訝な顔で聞く。 「何でてめーが悔しいんだ」 「いや、だって僕達友達じゃないか」 「・・・友達ィ?」 ギアッチョが素っ頓狂な声を上げるが、ギーシュは全く真面目な顔で先を続ける。 「ルイズもギアッチョも僕の友達だよ 友達が軽く見られるのを何とも思わない奴はいないさ そうだろう?キュルケ、タバサ」 常人ならば赤面するような台詞をこともなげに言ってのけて、ギーシュは実に爽やかな笑顔で二人を見る。タバサは数秒ギアッチョを見つめると、小さくこくりと頷いた。 キュルケはそんなクサいセリフを振るなと言わんばかりにギーシュを睨むが、睨んだこっちが申し訳なくなるほどいい笑顔のギーシュについに負けて、はぁっと大きく溜息をついて口を開く。 「・・・ま、ヴァリエール家に対する累代の宿怨はとりあえず忘れておいてあげなくもないわ」 あくまで余裕の態度を通すキュルケだったが、タバサにぽつりと「素直じゃない」と言われて、 「ち、ちち違うわよっ!」 と途端に顔を真っ赤に染めて否定した。そんなキュルケをタバサは無表情の まま「素直じゃない」とからかい、「違う!」「素直じゃない」「違うっ!」「素直じゃない」の言い争いをギーシュは笑いながら見物していた。 ギアッチョは「友達」というものが嫌いだった。プロシュートではないが、そんなものは幸せな環境というぬるま湯に浸かっている甘ったれたガキ共のごっこ遊びだと思っていた。 普段友達だ何だと声高に叫んでいる奴等ほど急場でそのオトモダチをあっさり見捨てて逃げるものだ。 暗殺の過程や結果でそんな人間を何人も見てきたギアッチョには、「友達」などという言葉は唾棄すべき虚言以外の何物でもなかった。 見ようによっては淡白な関係だったが、彼はリゾットチームの仲間達とは常に鋼鉄よりも固い信頼で結ばれていた。 だからこそ、ギアッチョには「友達」などというものは上辺だけの信頼で寄り集まる愚者を指す言葉にしか思えない。 しかし。しかしギーシュ達はどうだ?ギーシュはルイズをバカにしていたが、家名を賭けてまで彼女に謝罪をした。フーケ戦では身体を張ってフーケの小ゴーレムを 受け止めた。 キュルケはルイズと宿敵であるような素振りを見せているが、ギアッチョがルイズを殺しかけた時真っ先にそれを止めた。ギアッチョがルイズに危害を加えないかを心配してフレイムに監視をさせていたし、フーケ戦ではルイズが心配で彼女に続いて討伐を名乗り出た。 タバサはシルフィードを駆ってギアッチョを止めた。宝物庫の件では文字通り命を捨てる覚悟でルイズ達を救い、その後も怒ることなく討伐を助けた。 そして何より、見なかったことにして逃げ帰ることも出来たというのに、彼女達は己の危険を顧みず傭兵達と剣を交えてまでルイズを助けに来たではないか。 バカバカしい、と言おうとしてギアッチョは口を開く。しかし楽しげに笑いあうギーシュ達にそう言い捨てることは、どうしても出来なかった。 ――甘ったれ共が・・・ 心中そう呟くが、ギアッチョにはもう解っていた。それはカタギには戻れない自分への、ただの言い訳だ。 人殺しだったイタリアの自分と、全てがリセットされたこの世界の自分。彼らの友情を受け入れることは、この世界での生を受け入れること。 ギアッチョは何一つ言葉を発せずに立ちすくんだ。 決断の時は、近い。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1899.html
ギリ、と歯噛みをしながらも、ジョセフは自分に襲い来る無数の魔法を見……ハーミットパープルに絡め取ったワルド達に波紋を流すことさえ出来ず、掴んだ勝利をむざむざ手放す他無かった。 自分に飛来する魔法を吸収する事は出来る。だが、無数に飛んでくる魔法を吸収しつつ、ハーミットパープルでワルドの捕獲を継続するのは随分と難しい。 ハーミットパープルを解除し、デルフリンガーを構えたまま素早く魔法の嵐から身をかわし、飛びずさる。そのせいでワルドからかなり距離を離す事となってしまった。 「いい判断だ相棒! 俺っちもあんだけの数を全部吸い込めたかどうかはイマイチ記憶が無いんでな!」 「せっかく勝ったっつーのにッ……あんまり有能なのも考えモンじゃなッ!」 ニューカッスルのメイジ達に憎まれ口を叩きながらも、絶対的有利が圧倒的不利に変わったのは何ともし難い。 これが隠者の結界から解放された四体のワルド達だけでも厳しいのに、周囲から集まってくる三百のメイジ達を向こうに回して勝てるとは思えない。 幾らジョセフと言えども、目は前にしかついていない。横も後ろもカバーし切れない。 しかもワルドは、これで自分が直々に手を下さずとも、ニューカッスルのメイジ達に後始末を任せればよくなったのだ。例えジョセフかメイジ達のどちらが勝とうとも、レコン・キスタに利する結果になるのだから。 魔法に巻き込まれないように素早く距離をとるワルド達には、窮地を見事脱した会心の笑みが浮かんでいた。 対するジョセフは、この場での戦いを既に諦め、目は素早く逃走経路を探し―― 不意に、主人の姿を見つけた。 「騙されないでっ! そこの男……そのワルドこそが本当の裏切り者っ! レコン・キスタの暗殺者よッ!!」 「ルイズ!?」 「ルイズ……!」 驚きで名を呼んだジョセフと、忌々しげに名を呼んだワルドの声が重なった。 ルイズは「部屋で待っていろ」と言うジョセフの後を追いかけたくなる衝動にかられ、危険だと判っていても爆発音のした天守へと向かってしまった。 しかし今はそれが功を奏した。 矢継ぎ早に呪文を唱えていたメイジ達が突然現れた第三者の少女の言葉に詠唱を止めたのを見て、ルイズは必死に走り出し、両腕を大きく広げてメイジ達の前に立ちはだかった。 「私はトリステイン王国ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! あの老人は私の使い魔、ジョセフ・ジョースター! あのワルドこそがウェールズ皇太子の暗殺を謀った張本人! 賊の奸計に乗せられないで!」 息せき切って言い放つルイズの言葉が、メイジ達に戸惑いを走らせた。 「ど、どういう事だ?」 「ヴァリエール……あのヴァリエール公爵家か!?」 「私に聞かれても……!」 ルイズの言葉は効果覿面、メイジ達に動揺が巡る。 平民の言葉など斟酌する必要もないが、それがアルビオンでも知られたヴァリエール家令嬢の言葉となれば話が違う。 しかも彼女が言うには、信じ難いがあの老人が使い魔だと言う。駆けつけた中にはイーグル号に乗っていた船員もいる為、老人が使い魔だという事は真実と受け止める者も少なからずいる。 俄かに信じられる話でもないが、少女の言い分が正しいとすれば、メイジとして軽々とあの老人に手をかける訳には行かなくなった。 まして二人の貴族の言い分が真っ向から対立している今、どちらに味方すればいいか、と言う難題にすぐさま答えを出せる者がそうそういる訳でもない。「とりあえず両方殴ってそこから話を進めよう」などと思い切った大胆な思考が出るのも期待出来ない。 結果、メイジ達は如何様に動いていいか判らず、周囲の仲間達と顔を見合わせてどうするのか相談せざるを得なくなった。 ひとまずジョセフから危険が去ったのを見計らい、続けてルイズは自分に出せる精一杯の大声で叫んだ。 「ジョセフっ!! 今よ、ワルドをやっつけて!!」 言われずとも、ジョセフは既に動いていた。 同時に、ワルド達も。 だがジョセフの両眼と切っ先がワルドに向いていたのに対し、ワルドの杖は全てがジョセフに向いていなかった。一人の杖が向くその先には――ルイズ! その意味が判らないジョセフではない。 「貴様――ッ!」 ワルドの魔法を止めるには、デルフリンガーは無論、ハーミットパープルですら遠い。先ほど飛び退いたせいで、彼我の距離が10メイル弱離れていたからだ。 完成したウインドブレイクがルイズに放たれれば、ただの少女でしかないルイズは避けることすら許されず、まるで羽毛のように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、転がった。 「ルイズゥゥゥーーーーーーーーーッッッ」 轟く、としか形容できないジョセフの雄叫び。 義手に刻まれたルーンが太陽にも劣らない光を放ち、デルフリンガーもルーンに負けぬほどの眩い光を放った。 (き……切れた、相棒の中でなにかが切れた……決定的ななにかが……) デルフリンガーでさえ戦慄を覚えるほどの心の高まり。 目の前で主人を傷付けられたジョセフの怒りは、並大抵のものではなかった。 ぞくり、とデルフリンガーに嫌な予感が走る。 「おい、ちょ、待て相棒! 俺は波紋やスタンドにゃ対応してな――」 それ以上デルフリンガーは言葉を続けられなかった。 一瞬でデルフリンガーを覆いつくしたハーミットパープルが、炎を吹き上げたからだ! 「うあっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」 「我が友モハメド・アヴドゥルの技ッ!!」 剣が炎を吹き上げたのを目の当たりにし、四人のワルドが身構えようとし。臨戦態勢を整えられたのは、三人だけだった。 10メイルあるはずの距離から、ワルドの目を以ってしても反応できないほどの速度で伸ばされた炎の茨が、一人のワルドを燃やし尽くしていたからだ。 「何?」 予想だに出来ない事態に、ワルド達の口からは呆けたような声しか出なかった。 「魔術赤色の波紋疾走(マジシャンズレッド・オーバードライブ)!!」 燃え上がるワルドを一顧だにせず、デルフリンガーからハーミットパープルを切り離したジョセフは――ワルド達の視界から、消えた。 一瞬の間を置いて現れたジョセフは、一体のワルドの腹に深々と剣を突き刺していた。 だが、真に驚くべきことは別にあった。 腹を突き貫かれているはずなのに、その遍在は『既に全身を突き貫かれていた』のだ。 残りのワルド達は、ジョセフの煮えたぎる溶岩のような視線でねめつけられた。 「次にお前は『馬鹿な、一体いつの間にそれだけの攻撃をした』と言う」 「馬鹿な!? 一体いつの間にそれだけの攻撃をし……はっ!?」 「我が友、ジャン=ピエール・ポルナレフの技! 針串刺しの刑ッ!!」 剣を勢いよく振り上げた風圧が、遍在の名残を掻き散らす。 ここに至ってワルドは、目の前の男が怪物以外の何物でもない事をやっと悟った。 並の手段では到底勝つどころか、自分の命さえ拾うことが出来ない――! 「こ……この、バケモノがぁーーーーーーーーーーーーっっ!!」 それでも恐慌に陥らずなおも戦闘を続行しようとしたのは、ワルドにたった一片残された貴族の矜持であったかもしれない。 それでいて勝利の為に手段を選ぶなどという悠長な考えを打ち捨てる。 残り一体だけとなった遍在のワルドは、決死の覚悟で低い体勢でジョセフに急接近すると、杖での渾身の刺突をジョセフではなく、デルフリンガーへと向けた! 真の能力を開放しているデルフリンガーはエア・ニードルの風の渦さえ吸収するが、それに構わず打ち合わせた杖を内側から外側へ、絡め取るように押し上げる形で円を描き――ジョセフの手から力ずくで剣を弾き飛ばした! 「いくら人間離れしていようが肉体は人間のそれだな、ガンダールヴ!!」 人体の構造上、関節の稼動範囲には限界がある。右手首を掌を上向けるように回し、更に外側へ向かって捻ってしまえば自然と柄を握る指の力が緩み、そこにもう一押しすれば剣を弾き飛ばすのも容易い。 だがワルドはなおも次なる手を用意していた。 剣を弾き飛ばしたワルドは、渾身の突きで崩れた体勢を立て直して杖での必殺の一撃を加える為の僅かな隙さえ、ジョセフに渡すつもりはなかった。 この抜け目の無い使い魔は、一呼吸の間を与えればそこから勝利をもぎ取る男……故に、ワルドは手段を選ばなかった。選べなかった! ワルドはそのままジョセフの腰へタックルを掛け、自らの身体そのものでジョセフの動きを封じにかかる! 「ぬうッ!?」 それを避けようとするジョセフを、ほんの、ほんの僅かな差で捕らえ……しがみ付く! 「私の勝ちだっ、ガンダールヴ!!」 後ろに飛びずさった本体のワルドは、既に魔法の詠唱を完成させようとしていた。 その魔法は、これまでのたびでジョセフに唯一にして多大なダメージを与えた、『ライトニング・クラウド』! 魔法を吸収するデルフリンガーを弾き飛ばし、再びジョセフが剣を手にするよりも早く必殺の魔法を叩き込む――ワルドがジョセフを倒す手段は、それしか存在しなかった。 その為に貴族として、スクウェアメイジとして恥ずべき泥臭い手段を用いなければならない所まで追い詰められた。 だがそれを悔い、躊躇える余裕など存在しない。 たった一体残った遍在を捨て石とし、見苦しく使い魔にしがみつく己の背も、今の彼には屈辱の具とすら成り得ない。 今のワルドにあるのは、圧倒的な怪物に全身全霊を懸けて立ち向かわねばならぬ、勝って生き延びろと生存本能に追い立てられる焦燥感、ただそれだけであった。 (――まだか! まだ完成しないのか!?) 唱え慣れたはずの魔法が、余りにも長く感じられる。 あと五節、四節、三節――! 焦りながらも、詠唱を間違える失態など犯さない。 腐り果てようとも、魔法衛士隊の隊長を務めた実力は健在だった。 使い魔は死力を尽くしてしがみ付く遍在を振り払うことも出来ず、一歩も動けないまま―― (勝った! 勝ったぞ、ガンダールヴ!!) 残り、二節! 「ライトニング――」 残り、一節! その瞬間、ジョセフを押さえ付けている遍在が消し飛んだ。 だが、あの距離では踏み込もうとする速さより、瞬きすら出来ぬほんの僅かな差で、完成した電撃がジョセフを焼き尽くす! 「クラウ――」 ジョセフは、一歩も動かなかった。動けなかった。 ワルドは……魔法を完成させることが、出来なかった。 勝負が決したその時、向かい合う二人の男からは、奇しくも左腕部が失われていた。 だが、失った理由は大きく異なる。 ワルドは、ジョセフの手によって、左腕を肘の下から吹き飛ばされた。 ジョセフは。ガンダールヴの能力で非常に強化された波紋で、自らの義手をワルドへ向けて撃ったのだ。 貫手と呼ばれる手刀の形で放たれた義手には大量の波紋が流されており、音さえ超える速度で放たれた義手がワルドの腕を切り飛ばした瞬間、その傷口から奔った波紋が彼の詠唱を止めたのだった。 それに加えて必中を期する為に義手にはハーミットパープルが絡み付き、その片端はジョセフの腕と繋がっていた。 ワルドの遍在の名残を媒介としたそれは狙いなど付ける間もないあの刹那、標的を狙い違わず打ち抜くホーミングの役割を果たすと同時に、目的を果たした義手がはるかかなたに飛んで破壊してしまうことの無い様に留める命綱の役目も果たしていた。 空中で発射の速度を殺しながら、再び義手はハーミットパープルに導かれてジョセフの左腕へ戻っていく。 思い出したように、ワルドの傷口から血が垂れ、噴出す頃、ワルドの口から奔ったのは呪文などでは、ない。 「うおぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!?」 野獣めいた、咆哮。 「腕が、腕が!? 私の、腕がああああぁぁぁぁああああ!!?」 この光景が現実でないことを確かめようと、血の迸る傷口を、左腕があるはずの場所を抑える。 しかし生まれてから共にあった左腕は、既に其処にない。 少し横を見れば、『かつて左腕であった肉体』が転がっている。 「ばっ……馬鹿な、馬鹿なあああああああ!!!!」 義手を戻し、五指が動くのを確かめたジョセフは、叫びを上げて蹲るワルドを見つつ、今頃になって額から噴出した冷や汗を右の袖で拭った。 「今のはマジで危なかったわいッ……タックルかけたのが遍在じゃなかったら、わしも死んどったぞ」 今一体何が起こったのか、改めて説明することにしよう。 剣を弾き飛ばされ、ワルドにタックルを掛けられたジョセフは、辛うじて足の裏に吸着する波紋を流し地面に足を吸い付けて転倒させられるのはこらえた。 だがもう一体のワルドが呪文を唱えているのが見え、ジョセフは息を呑んだ。忘れるはずが無い、あれこそ自分の右腕を焼いた『ライトニング・クラウド』。 今、ただデルフリンガーを自分の手から離す為だけに放たれた乾坤一擲の攻撃、形振り構わぬタックル。 その全てが、如何なる手を用いてでもジョセフを殺害する決意の表れだった。 自分にしがみ付くワルドと、飛び退いた場所から魔法を詠唱するワルド。 剣を弾き飛ばした理由を斟酌するまでも無い。攻撃手段を奪う為ではなく、防御手段を奪う為。 この状態を打破するには、手段はただ一つ。ワルドの魔法が完成する前に詠唱を妨害するしかない。 この状況で使える武器は、左右の腕に一つずつ。これだけあれば、どうにか出来る。 まずジョセフは両腕に波紋を流す。一つ目の武器、左腕の義手。これを波紋で射出してワルドに波紋を流せば魔法は止められる。狙いを付ける余裕が無いのは、ハーミットパープルで誘導をかければなんとでもなる。 そして、『右腕の武器』に波紋を流す。 右腕の武器とは……意外! それは包帯ッ! (こっちが本当の我が師にして我が母エリザベス・ジョースターの技ッ! 蛇首包帯ッ(スネークバンテージ)!!) ワルドに焼かれた右腕に巻かれた包帯、それは立派に波紋を流す武器となる。波紋で硬質化した包帯を操り、自分にしがみ付くワルドを突き刺して流した波紋で一気に遍在を吹き飛ばす! そして自由になった左腕をワルドに向け――撃ち放つ。 シュトロハイムと共に漁船に救出されて館で療養していた時、シュトロハイムが用意した数々の義手の一つにあった機能を、まさか今になって波紋で代用する破目になるとは思わなかったが。 「……我が友、ルドル・フォン・シュトロハイムの技ッ。有線式波紋ロケットパンチッ! ナチスの技術は確かに世界一だったかもしれんなッ!」 あの時は超高速で義手を発射出来る能力などいらなかったので、とりあえず丁重に辞退(ただ何故かシュトロハイムと大喧嘩する切っ掛けになった)したが、そのアイディアがジョセフの命を救ったことのは確かな事実だった。 しかもほんのコンマ数秒でもワルドに到達するのが早まるよう、指先を伸ばすことにより、長さを伸ばすと共に空気抵抗を減らした事が功を奏した。 それと同時にワルドが一つ、致命的なミスを犯していたのも幸運だった。 もし剣を弾き飛ばし、タックルを仕掛けるのが遍在でなく本体であったなら、ワルドとジョセフは今頃ライトニングクラウドで焼かれて良くて瀕死、運が悪ければ即死の憂き目にあっていたことだろう。 しかしワルドは最後の最後で、自分の命を惜しんだ。戦いの場において自らの命を惜しむ行為に走って勝てるほど、戦闘の潮流は甘くは無かったという事だ。 もし肉体を持つワルドがしがみ付いていれば、蛇頭包帯でワルドを倒したとしても、左腕を自由にし切ることが出来ず、波紋ロケットパンチはワルドの魔法を妨害できなかっただろう。 風の遍在であり、波紋で吹き飛ぶ肉体しか持っていないワルドがしがみ付いたことにより、波紋で止めを刺した瞬間にジョセフの自由が取り戻されたのだから。 様々な要因と強運、そして戦いの年季の差で勝利をもぎ取ったジョセフは一歩、また一歩、とワルドへゆっくりと近付いていく。 ルイズが吹き飛ばされてから、客観的に見れば余りに短い時間。月は僅かにもその位置から動いておらず、この戦いを見守ったメイジ達にとっては、どのような攻防があったのかさえ理解している者はいない。 もはや意味を成さない呻きしか上げられないワルドを、なおも怒りの収まらない目で見下ろす位置に立ったジョセフは、静かに言葉を紡いだ。 「今のがルイズを侮辱されたわしの分だ、ワルド」 そしてワルドの長い髪を引き千切らんばかりに無理矢理引っつかんで立ち上がらせると、空いている右腕でワルドの左頬に鉄拳を叩き込んだ。 「うげぇえええええっ」 鼻血さえ噴き出すが、いつの間にかワルドの首に絡み付いていたハーミットパープルが、倒れることさえ許さない。 「これは貴様が裏切ったわしの友人、アンリエッタ王女殿下の分!」 続いて左腕が、ワルドの顔面を歪ませた。 「これが貴様が暗殺しようとしたウェールズ皇太子の分!」 「や、やめ――」 左腕を吹き飛ばされ、二発の鉄拳を叩き込まれたワルドは既に戦意さえ喪失しているのは明白だった。 「そして今からのは全部ッ!」 そんな些細な事には構いもせず、ジョセフは両手を固く握り締め―― 「貴様に裏切られたルイズの分じゃあーーーーーーーッッッ」 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」 ジョセフの拳が目にも留まらぬ速さで連打され、その全てがワルドの身体に減り込む。 倒れることも許されない拳の嵐の中、朦朧とする事さえも許されぬ激痛の中、ワルドはガンダールヴだけではない人の姿を見た。 金髪を立てた、ゴーレムめいた容貌の軍服の男が。 奇抜なデザインの帽子を被った優男が。 艶やかな黒髪を靡かせる若い女が。 ガンダールヴに似た、黒髪黒目の青年が。 年老いたガンダールヴと共に拳を繰り出し、自分を叩きのめしているのが見えた。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」 見知らぬ人間の姿は更に増えていく。 褐色の肌をした亜人めいた風貌の奇妙な服装の男が。 見慣れぬコートらしき服を着た神経質そうな細身の青年が。 銀髪を立てた奇妙な髪型をした男が。 ――生意気そうな子犬までもが。 コートにも似た奇妙な服を着、奇妙な飾りのついた帽子を被った男が。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――ッッッ」 幾人もの人間もの拳を受け、断ち切れる寸前の意識が最後に見たのは、やはり。 忌々しい使い魔の姿だけだった。 「オラーーーーーーッッッ」 ハーミットパープルの呪縛から解き放たれた瞬間、ワルドの顔に減り込んだ拳は、決して軽くは無いワルドを容易く吹き飛ばし――固定化の魔法が厳重に掛けられた城の壁に激突したワルドの体が、壁に小さくは無い亀裂を入れた。 ボロ雑巾、という形容が可愛らしく思えるほどの惨状を晒すワルドを静かに見下ろし、ジョセフはゆっくりと指差した。 「貴様の敗因はたった一つ」 帽子を被り直し、言った。 「貴様はわしを怒らせた。ただそれだけだ」 ドーーーーーz_____ン To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1510.html
「永遠の使い魔」 ○月×日 今日は待ちに待ったコントラクト・サーヴァントの儀式の日、 今日こそ魔法を成功させて私をゼロと呼ぶ奴らを見返してやろうと『思っていた』 『思っていた』という言葉の通り私の召還魔法は失敗した。 正しく言うと成功したのだけど召還したのは平民、それも変な格好をした訳の解らない奴だった… しかも変な格好だけならともかくとして私が…その…契約の為の…キ…キスを(ああもうなんであんな奴にしなければならなかったのよ!) しようとした時何かブツブツ言ってた、ハッキリ言って気持ち悪いし気味が悪かった、それに顔は無表情で何を考えてるかよく解らない。 でも見た目と言葉はともかくとして私が『使い魔になりなさい』と言った時にアイツはすぐに使い魔になることを了承した。 意外と根はまともなのかもしれない、きちんと敬語を使っていたし『洗濯も掃除もどんな雑用も、何でもやります、それに必ず貴女を護ってみせる』 なんて嬉しい事を言ってくれたし…(別に喜んでるわけじゃない、使い魔なら当然の事よ!!) アイツには床で寝させようと思ってたけど忠実な所に免じて学院の余ってるベッドを部屋に運んで(使い魔がやってくれた、結構力持ちみたいだ) そこで寝るように言ったら目を白黒していたけどすぐに喜んで礼を言った。 『必ず…今度こそ護って見せる』なんて訳のわからない事呟いてた、今度って何よ?やっぱり訳が解らない使い魔だ… ○月△日 アイツは結構…いやかなり忠実な使い魔だ。 昨日命令しておいた洗濯は完璧にこなしていたし、着替えも文句言わずにやったし、それに自分から掃除を進んでやってくれた。 かなり雑用はやり慣れてるみたいで、どこかで使用人でもやっていたのか?と聞いたけど違うと言っていた。 ご褒美にメイドに頼んで人間用の食事を用意させてそれを食べさせた(本当は別の物を食べさせようとしたのは内緒だ) アイツは嬉しそうに(と言っても顔は無表情だったが)礼を何度も言った、実に忠実な使い魔だ。 しかも忠実なだけじゃない、頭も良いのだ! 只の平民と思っていたが、魔法の属性といった基礎知識やそれぞれの役割、得意不得意についてそこらのメイジ並み、いや私以上に理解してたのだ。 実はメイジなんじゃないのか?と言ったが違うといっていた、まあ使い魔が賢ければ賢いに越した事はないので良しと思う事にした。 それに優しい使い魔だ… 私がちょっと錬金を失敗させたせいで教室が壊れてその罰として掃除を命じられたのだが、アイツは命令もしていないのに掃除を手伝ってくれた。 それを私は喜ぶべきだったろう…だけどその時私は無性に惨めな気持ちになった。 こんなに忠実で賢い使い魔に対して私は「ゼロ」…思わず八つ当たりしてしまった、でもアイツはこう言ってくれたのだ。 『失敗があってもそれをいつか乗り越えていけば良いんです、私はそれを手助けするための存在ですから。 それに貴女はゼロなんかじゃありませんし、きっと立派なメイジになれます。 貴女は私を絶望から救ってくれた、希望を与えてくれた、かならずその恩を返して見せます。』 嬉しかった…あんなに優しい事を言われたのは生まれて初めてだったからだ… 私が失敗するたびに皆私を蔑む、見下す。家族だってどこか哀れんでいる様な気がしていた。私に味方なんていなかった。 でもあいつは私の味方でいてくれると言ってくれた。 私はきっとアイツの気持ちに応えてみせる。 でも『地獄から救った』というのはどういう意味だろう?私が召還する前の環境はそんなに酷い場所だったのだろうか? ○月◇日 今日は事件が起きた。 起こした原因はギーシュと私自身、それと私の使い魔。 食堂でアイツと昼食を取っていた時ギーシュが小瓶を落とした。 親切にも私がそれを拾って渡してやったがギーシュは『自分の物じゃない』と言い張った、こいつ頭脳がマヌケになったのか? と思ったが『理由』があったようだ、何故解ったかというと私の目の前でその『理由』があっという間にギーシュをフルボッコにしたからだ。 何でも二股してたらしい、やっぱり頭脳はマヌケの様だ。 でも事件はそれで終わらなかった、マヌケは私に文句を付けて来たのだ。 『少しは気を利かせろ』だの『ちょっと話を合わせてくれたっていいだろ』とか実にマヌケらしい事を言ってた。 それだけならまだしもあいつは逆切れしてこう言おうとした。 『そういえば君は「ゼロ」だったね?そんな魔法だけでなく脳味噌も「ゼロ」の君にそんな事期待した僕が…』 マヌケがその続きを言おうとした瞬間アイツが助けてくれた。 あっという間の出来事だった、いきなりマヌケの顔を殴ったかと思うと、 『彼女に「ゼロ」などと言う者は許しはしない』とさらに続けてこう言った、『決闘を申し込む』マヌケは一人じゃなくて二人だった… 私が止めようとしたがアイツはそれを聞かずに『ギーシュ如きに負けはしない』なんて事を言ったのだ… 無論ギーシュはブチ切れて『ヴェストリの広場で待つ!!!!』と言い残して、去っていった。 アイツも直ぐに広場に向かった…どうしよう…このままじゃ…なーんて杞憂も決闘が始まって一瞬で消えた、決闘も一瞬で終わった。 ギーシュが青銅で錬成した「ワルキューレ」を出し決闘を始める宣言をする。 その次の瞬間にアイツがあっという間にギーシュの目の前に現れ、薔薇を模した杖を折って決闘を終わらせた。 凄い速さだった、本当に見えないくらいの速さだった。 アイツは賢くて忠実で優しいだけじゃない。とっても強い最高の使い魔。私の大切な使い魔… ○月◎日 今日は虚無の日、アイツに何か武器を買ってやろうと思った。(別に昨日や一昨日の事を嬉しく思ったからじゃないわよ!!単にいくら力が強くても丸腰だったら危ないからよ!!) でもツェルスプトー(コイツは私の天敵でいつもつっかかって来る!書き忘れていたが一昨日も使い魔を自慢してきたのだ!何がサラマンダーよ!!!こっちは平民でも世界で一番の使い魔よ!!!!) とその友達のタバサ(この子はキュルケと違って静かでおとなしい子、よく解んない所があるけどね…)が 私達の買い物に着いて来たのが気に入らなかった。(タバサは無理やり連れて来られたみたいだからそんなに腹は立たなかったけど) せっかく二人っきり…じゃなくて!とにかく鬱陶しいのよ!色情狂のエロスプトーめ!! 街の武器屋に着くとアイツは直ぐに変な武器を取りそれを買ってくれと言った、折角『もっと良い武器を買ってやる』と言ったのにアイツは、 『この剣に似た剣を使ったことがあります、だから慣れてて丁度良いんです』と言っていたのでその剣を買ってやる事にした。 インテリジェンスソード、しかもボロボロで口の悪い剣なんかに似た剣なんて…アイツはちょっと武器の趣味が悪いのかもしれない… でも散々口喧しかったボロ剣、「デルフ」はアイツが持った時に「使い手」だのなんだの言って結局素直に買われた。 そういえば武器屋の店主が最近「土くれのフーケ」という怪盗が国中を騒がせていると言ったが、その話を聞いた時アイツが険しい顔をしていた。いったいどうしたのだろうか? それよりもあのスケベプトーめ!!何しに付いて来たかと思ったら私の使い魔にアプローチする為に付いて来たのだ!! 『決闘での強さに惚れた』ですって!?冗談じゃない!私の方が先に…じゃなくて!!あれは私の使い魔よ!!誰にも渡すもんですか!!!絶対によ!!!! 別にアイツの事なんか好きでもなんでもないわよ!?単にあんなエロ女にアイツが騙されるのを哀れに思っただけよ!! あのビッチプトーめ…武器屋で私が買おうとした一番高い剣を買ってアイツにプレゼントしようとしたのだ!! まあアイツは『そんな鈍らなんか必要ない』って断ったんだけどね。でも見ただけであの剣が鈍らなんて解るなんて… きっと魔法だけでなく剣の事も詳しいのね。 ○月☆日 今日事件が起きた、それも大事件、決闘なんて比べられないほどの。 最近国中を騒がせている「土くれのフーケ」がこの学院に来たのだ! 巨大なゴーレムがいきなり現れて塔を殴り始め大騒ぎ、何でも学院の宝である「破壊の杖」を狙っていたそうだ。 私はフーケを捕まえる為にゴーレムを魔法で攻撃した、丁度その時にキュルケとタバサが居て私を止めようとしたけど私はそれを無視した。 本当に馬鹿だったと思うわ…二人は私を心配してくれてたのに… でもあの時はそんな事考えられなかった。きっとフーケを捕まえたら立派なメイジとして皆に認められると思ったから… でもゴーレムは何度も再生して倒す事が出来ず私を邪魔者と認識したのか私に向かってその巨大な腕で攻撃してきた。 あの時は本当に死ぬかと思ったわ。 でもアイツが助けてくれた、あっという間の速さでデルフを使いゴーレムの腕を切って、そして決闘の時のように一瞬でゴーレムに飛び乗ってフーケを捕まえちゃったのよ!! アイツの早業にも驚いたけどフーケの正体がミス・ロングビルだったのにはもっと驚いたわ!! (後でオスマンのエロ爺が『セクハラしても怒らなかった、自分に惚れてると思った』などとふざけた理由でロングビルを雇った事を聞いたときには驚きを通り越し呆れたが…) それでも今日一番驚いたのはアイツが私を怒った事、アイツが私を怒るなんて初めての事だった。 でもアイツは本気で私の事を心配してくれた、それにキュルケやタバサも私の事を心配してくれた。 私の事を心配してくれるのはアイツだけじゃない…それがとっても嬉しかったわ… ◆月★日 日記を書くのも久しぶりね…あれから色んなことがあったから… あれからアンリエッタ姫様に頼まれてワルドとアルビオンにウェールズ様に送った手紙を取りに行く任務を任せられたのよ(何故かギーシュも着いて来た)。 その途中で盗賊に襲われてピンチになった時偶然私と姫様の話を聞いてたらしいキュルケとタバサが助けてくれて。 思えばあの時から、私は彼女たちの事を「友達」と思っていた、友情は今も、そしてこれからもずっと続くと思う。 (もっともあの頃は素直になれなくて何度か喧嘩してけど、それも今となっては良い思い出ね) ラ・ロシェールでは捕まった筈のフーケが白い仮面の男と一緒に襲ってきてキュルケ達が囮になってくれたのよ。 目的地のアルビオンに向かう途中の船で海賊に襲われたと思ったらその海賊達が変装したウェールズ様達だったのよね。 それからアルビオンではワルドが急に結婚式を挙げようとして(正直性急ってレベルじゃないわよって思ったわ) 結婚を断ったら急に自分の目的とか明かしてウェールズ様と私を亡き者にしようとして危うく殺されるとこだったわ。 まあアイツが私たちを護ってくれたんだけどね。 その後私が虚無の使い手だって解ったり、レコン・キスタと戦ったり、タバサのお母様を助けたり、 本当に色々あったわ…でもいつだってアイツは私の傍に居て、どんな時も護ってくれた。 貴方は強くて、賢くて、優しくて、私の…私の大好きな使い魔よ… 本当にいつもありがとうね、ディアボロ…私の一番大切な人。 これからもずっと一緒に居てね… 「永遠の使い魔」完 永遠の使い魔―プロローグ― 『私は…私は…いったい何度死ぬのだろうか?次はどこから死が襲ってくるのだろうか?』 そう思っていた、完全に絶望していた。 あの少女に出会うまでは… 最初にあの少女に出会ったとき訳が解らなかった。 いきなり『使い魔になれ』だの、『平民なんて最悪だ』だの『メイジ』や『二つある月』だの訳が解らなかった。 唯一つ暫く時間が経って解った事は、『死が襲ってこない事』だけであった。 始めはいつもより時間が掛かって死ぬだけだと思っていたが何時間も経っても、一日が過ぎても結局死が訪れなかった。 この目の前に居る『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』という名の少女は私を無限の地獄から救ってくれたのだ。 私は嬉しかった、苦しみから解放されたことに。 そして私は決意した、あの地獄から救ってくれたこの主人を護ろうと。 彼女は私に雑用を命じた、初めての事に戸惑いながらも少しずつこなしていった。 彼女の恩に報いる為に、自分を救ってくれた主人に幸せに成ってもらうために… だがその決意も虚しく彼女を護る事が出来なかった。 殺されてしまったのだ…『土くれのフーケ』と名乗る怪盗をルイズが捕らえようと戦いを挑み、返り討ちに遭ったのだ… あっけなかった…キング・クリムゾンでも間に合わなかった… そして次の瞬間私は当たり前のように自分の首をキング・クリムゾンで切っていた。 『恩人を護れなかった自分は死がお似合いだ』そう考えたのだろうか?何にせよ、私は死を選んだ。 そして私は久しぶりにあの暗く、どこまでも深く、絶望的な死の闇に飲まれた。 だが私は目を覚ました、私はまたあの『地獄』が始まるのだろう、 そう思いながら次に目を覚ました瞬間信じられない光景を見たのだ!!!! ルイズが居るではないか!?死んだはずのルイズが生き返っているではないか!! あの光景は悪い夢だったのか?そう思って喜び彼女に話しかけたその時、彼女は信じられない言葉を口にした。 『あんた、私の事知ってるの?』 彼女は私の事など「知らなかった」それも当然だ。 戻っていたのだ、あの日に。 ルイズに絶望から救ってもらったあの日に… これは奇跡か?悪夢か?そう考えた時ふっとある事を思い出した、私を地獄に堕とした『奴』の言う「終わりのない終わり」の事を… 何故そんな事を考えたのかは解らない、だが一つだけ解った事がある。 私はまた『護ることが出来る』のだ、と… あれから何度も戻った、彼女が殺されるのみならず事故や病気でも、彼女が死ぬ度に私は自ら命を絶ち時を戻したのだ。 いったい何度死ぬのだろう?いったい何度目で彼女を最後まで護り通す事が出来るのだろう? だが何度死のうと私は護ってみせる、今度こそ最後まで護ってみせる。 そして私は今も自ら命を絶つ、今度こそ護り抜く為に。 彼女は私の主人なのだから、私は彼女の使い魔なのだから… 『我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ』 『…今度こそ…護ってみせる…』 プロローグ 「終わりのない使い魔」 完